「白昼夢」     遠野ゆかり

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黒田坊はうなされていた。なぜか、時折妙な夢を見る。乱世に生きる幼い子達の希望から生まれたはずの自分に、過去の記憶なぞあろうはずもないのに。強い意志と頑健な身体、敵を徹底的に打ちのめすための武器…それが持ち得る全てである。今宵も、何かに追われる悪夢を見た…。とてつもなく大きな黒い陰がまとわりついてくる。逃げても逃げても追ってくる。捕まりかけたその瞬間――
「黒、どうした、黒!?」
誰かが黒田坊を呼んでいる。
――夢であったか… 目を開けると、鯉伴が心配そうに覗き込んでいるのが目に映った。
「お前さん、すげえうなされてたぜ…何か悪い夢でも見たのかい?」鯉伴が心配そうに尋ねる。
「…覚えておらん」黒田坊はわざとそう言った。自分で自分がわからないのに、何と言えばよいのか。言えば、全てが解決すると言うのか。「こんなに汗かいちまって…着替えなきゃ風邪引くぞ」
そういう鯉伴に
「拙僧は風邪なぞ引かぬ。着替えなど、ない」
黒田坊は冷たく言い放つ。
「…仕方ねえな。ほらっ、これに着替えな」
鯉伴は男物の寝間着を黒田坊に渡した。
少し寒気を感じていた黒田坊はさすがに寝間着を受け取ると、着替え始めた。
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黒田坊がストンと着物を肩から落とし、渡された寝間着に手を伸ばそうとしたその瞬間――。「黒…」後ろから、突然鯉伴が抱きしめてきた。黒田坊の肩がビクッと動く。「お前ほど強え妖でも、ビビることがあるんだな…」「な、何をする!?」「お前さん…怖い夢でも見たんだろ」鯉伴は黒田坊を抱きしめたまま耳元で囁くように言った。「拙僧が…」そう言いかけた黒田坊の唇を鯉伴のそれがふさいだ。「…見るんだよ、例え妖でも夢ってやつを…。強がるんじゃねえ」唇を離すと鯉伴はそう言った。「強がる…」鯉伴の言葉に黒田坊はムッとした顔をした。「…思うんだけどよ、お前さんの見る夢ってのは、お前に命を分けてくれた子ども達の想いが出てきているんじゃないのかい?」この鯉伴の言葉に黒田坊ははっとなった。「…辛えもんだな。人であろうと、妖であろうと…」そう言いながら鯉伴はゆっくり黒田坊に体重をかける。「それはきっと、この想いを忘れてくれるな、ってことだと思うぜ…」「…」「お前もおれも背負っているものは同じだと言うことさ…」鯉伴の唇が黒田坊の
唇から首筋へ、そして鎖骨のほうへ移動してゆく。「鯉伴…」暗闇の中へ黒田
坊の喘ぎ声が吸い込まれていった
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いつの間にか黒田坊は眠ってしまっていたらしい。目を覚ました黒田坊は自分が今度は夢も見ず、思いのほか深く眠っていたことを知った。――…鯉伴様にはかなわない
初めて出会った時から、鯉伴にはいつも振り回されてきた。挙げ句の果てには無理やり盃を交わさせられた。鬼纏った時は体がヘトヘトになった。だが、自分は心のどこかでそれを望んでいたのではなかったか。鯉伴にあった時から自分はこの美しい半妖に心を奪われていたのではなかったか…。自分の唇と身体に残る鯉伴の温もりが愛しい。初めて鯉伴に身体を許した時からこうなることはわかっていた。ついて行こう、いつまでもあの方の背中に。そう考えている黒田坊の耳に「おっ、起きたかい?よく眠れたか?黒」という鯉伴の声が聞こえた

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