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□お帰り、子供たち
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「何か、辛いことがあったのだろうか。」
目の前にいる親友、いや今は恋人である――成歩堂龍一に、御剣はそう尋ねた。
対する成歩堂は、目をぱちりと一回まばたいたきり、動きを止めてしまった。分かりやすい人だと思う。いつも無愛想を貼り付けている(と自覚している)自分とは大違いだ。
成歩堂の伏せられた長い睫毛を、御剣はただ眺めていた。彼はなかなか口を開こうとしない。お互いの思いを吐露してから早二か月。二人の関係は、ぎこちないままだ。いくら親友とはいえ、御剣が完璧を求め、成歩堂が御剣を追いかけていた十数年の差は、なかなか埋まらない。
「…秘密は無しにしよう、と言ったはずだが?」
挑発的な意味合いを含めてそう言うと、成歩堂はびくりと肩を震わせた。本当は弱い人間なのだな、と御剣は思った。虫も殺せないような人だ。善意の塊といってもいい。ただただ人を信じ、依頼人の無実を信じる弁護士。御剣とは、正反対だ。何もかも。
「…平気、だよ。」
ぼそり、蚊の鳴くような声で成歩堂が返答したのはそれからたっぷり一分たった後だった。
「『なかった』とは、言わないのだな。」
成歩堂の精一杯の言葉も御剣の言葉で雨散霧消した。弁護士の職業病というやつか、成歩堂は他人の痛みは分かろうとするくせに自らの痛みを共有しようとしない。そんな彼が、御剣の前でさえも痛みを隠そうとするのか。自分の恋人の前でさえも。