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□ローズヒップは甘くない
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「―――じゃあ、そろそろ失礼するよ。紅茶、ご馳走様。」
「はいはい。」
「ひどいなあ、オデコ君。何その気のない返事。」
「いや、何も用事が無いのによく牙琉検事はここに遊びに来ますね。検事って忙しいんじゃなかったんですか?」
「いやまあ確かに忙しいけど、さ……」
『にがくわらう』
彼のその表情にあえて名前をつけるなら、そうだった。
いや、その表現も適切ではないのかもしれない。
なぜならそれは「笑み」とは簡単に言い切れないような感じがしたから。
悲しみや苦しみで悩んでいるようにも、それを自嘲しているようにも見えたから。
彼こと、牙琉響也は俺のライバル、らしい(俺とあの人との関係をそう言うのだろうか疑問だが)。
彼は国民的バンドのボーカリストでありながら優秀な検事でもあり、まさに「天は二物を与えない」という言葉をその存在をもってして破った男だ、と自覚している。
そんな彼がその形容し難い表情をするようになったのはいつからだったか。
「……オデコ君?」
そんな考えを巡らせていたら、その(同じ男として悔しいが)綺麗な形の唇で俺の名前を呼ばれた。
「……え?」
「いや、君、僕を見たままフリーズしてたから。」
「…あ、すいません。」
「いや、よくファンの女の子たちも僕を見ると頬を真っ赤にして同じように固まるから、さ。オデコ君もしかして僕に惚れちゃったのかと思って。」
「……そういう歯の浮くような台詞はそのファンの女の子に言って下さい。そもそも俺男ですし、頬を真っ赤にもしてませんから!!」
「あははっ、相変わらず冗談が通じないなあ。」
「もういいですからそういうのは!!忙しいってさっき言ってましたよね?」
そんな会話の後、「じゃあね」と言った彼の顔には、先ほどの『にがくわらう』表情は微塵も見られず、俺は首を傾げながら、帰っていく彼の後ろ姿を見送った。