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□子羊と子犬
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だだっ広い海のど真ん中、錨を下ろしてサニー号は停泊中。
「んあ、なんかあったのか?」
蜜柑畑の下で昼寝から覚めたゾロが畳まれた帆を見て呟けば、花壇の手入れをしていたロビンが笑いながら答えた。
「海があんまりにも綺麗だからって、うちの航海士さんが。」
「?」
相変わらず解けない疑問にゾロがぼやけた頭を傾げる。
海が綺麗で、それでナミがどうしたって?
催促しようとしたところで聞こえる、凪いだ海から涼しげな水音。
――笑い声。
「ああ、発作か。」
「あら、よくあるの?」
納得顔であくびするゾロに、今度はロビンが首を傾げた。
グランドラインに入ってからは、とゾロが面倒くさそうに切り出す。今にももう一眠りしそうな面持ちだった。
「でけぇ事件ばかりだったからあんまり無かったけどな。東に居た頃はよくあったぜ。今日は凪で、まだよかったな」
そんな話をしているあいだにもあがる水を蹴立てる音。
ナミがあの、人魚ばりに優雅なフォームで泳いでいるのが目に浮かぶようだった。
「凪いでることは条件のうちじゃないの?」
「そんな可愛げあいつにはねぇ。嵐でも夜でもおかまいなしだ」
「なるほど、それは“発作”ね」
「だから言ったろ」
珍しく穏やかに、ゾロが笑う。手のかかる妹の話でもしてるみたいだとロビンは思った。
目を閉じて枕にした腕の上に頭を乗せる。お話は終わりかと思って作業に戻りかけた背中に、聞き慣れない穏やかな声がかかった。
「それでおまえは?」
「私?」
「心配性のくせに、こんなとこに居ていいのか?一秒後にカミソリみたいな波が押し寄せる海だぜ」
「何かが起こるときはナミちゃんが一番に気付くだろうし、海の中ならどちらにしても助けに行けないわ。向こうにはフランキーが居てくれてるし、もうすぐおやつの時間だから彼も、ほら」
ドアの開く音についで、水のしたたるナミさんも素敵だぁ〜!と、いつもより3割増し浮かれた声が2人の下から聞こえてくる。
「ほらね?」
「……ピンクコックが。」
「でも頼もしいわ。目を離さないでくれるもの。」
「なんだ、やっぱり心配なんじゃねぇか。それとも他に理由があるのか?」
「言った通りよ。――海が相手じゃ、私は何もできない。だったら心配症の視線を浴びてるより、いない方が楽しいでしょう」
「根暗め。おまえのそういうところが嫌いだ。」
一言落として、ゾロはいきなり眠ってしまった。
最後に置いていった言葉も不思議と穏やかで、彼にとっては自分も、手のかかる妹みたいなものなのかと思った。
気を紛らわせるための行為にいつの間にか夢中になっていて、手を休めた瞬間、やっとでさっきまで聞こえていたはしゃぎ声が止んでいることに気付いた。
思わず手の泥も拭わないまま甲板へ降りていく。
「あ、ロビンちゃん。お疲れ様。おやつとっといてあるよ」
柵にもたれていたサンジがいち早く振り返り、ロビンに微笑みかける。
すぐ隣でフランキーもこちらを向いた。
甲板にセットされたパラソルの下、優雅に紅茶を飲んでいたブルックがセクハラまがいの質問を挨拶代わりに投げかけてくるが、構わず素通り。
「ナミちゃんたちはもうあがったの?」
甲板の落ち着いた空気が妙に体に馴染む。
騒がしくて笑い声の絶えない子供たちも大好きだけれど、やっぱり自分は大人なんだと思う瞬間だった。
「しー」
にっこり笑ってサンジが唇の前に人差し指を立てた。
フランキーもにやりとロビンを手招いて自分の隣にスペースを作る。
どちらの指示にも従って、静かに大人しくそこに立つ。
2人に倣って柵にもたれてみれば、ナミがきれいと評した碧の海に、浮かぶ小さな羊の素朴な笑顔。
「大騒ぎしてたかと思えばぱたっとあれだ」
「そんなナミさんも素敵だけど、他のやつらはいただけねぇな」
愚痴るように言ったふたりの声は、さっき聞いた彼の珍しい声に似て、穏やかだ。
ロビンも思わず顔をほころばせる。
眼下のミニメリー号の上で、絡まりあって眠る子犬みたいな子供たち。
お互いの肩に足に腹に、ためらいもなく頭を乗せて、乗せさせて。
もっともっと守ってあげられるかな。守ってあげたいなぁ。
多分そんな想いに満ち満ちて、甲板は穏やかな空気をまとっている。
グランドラインの気まぐれな風さえ捻じ伏せて。
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