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□猫飼い
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 船が次の島に着くまで早くても一週間はかかると、廊下を進むロビンは言った。その腕の中で居心地悪そうに丸まるナミは返事のひとつもしなかったが、ロビンはそれを気にする素振りは無かった。
“仕事中”、しくじって追いかけられたあげく泊まっていたこの船に逃げ込んで、傷の痛みに気を失っているあいだに船は島を離れていた。つくづく自分は間抜けだ。そして今、見も知らぬこの怪しげな女の気まぐれで命拾いしている。それだっていつひるがえるか分からない現実だ。
「おなかはすいている? 傷の手当が先かしら」
ナミの与り知らないことだが、ロビンは進む廊下の先々で“目咲き”をしながら辺りに誰もいないことを確認していた。そして、そこまで気を配る自分に内心で笑っていた。胸に頭をもたげながら不機嫌そうにしているこの少女の為に、どうしてここまでする気になったのだろう。
「どっちもいい。一週間したら助かるんだもの。――あんたが気を変えなきゃね」
「そうね。気が変わらなきゃね。でもどうせなら、少しでも快適に過ごせたら嬉しいんじゃない?」
「海賊船で快適になんてなれるわけないじゃない」
「そう言わないで仲良くしましょ。この船にたったふたりきりの女同士だもの」
愉快そうにロビンは笑った。ナミは思わず不思議がってその笑顔を見上げた。何をはしゃいでいるのだろう、この女は。ロビンも同じことを思っていた。何をはしゃいでいるのだろう、私は。


 倉庫のひとつを整理しただけの小さな女部屋につくと、ロビンはやっとナミを下ろしてやった。床に足をつけた瞬間、ナミはふらつく体を抑えきれず倒れこむ。手を貸そうとすると払われた。
「助けてくれてありがとう。でもこれ以上はいらない。一週間ほっといてくれれば、それで、いいから……」
後半は囁きになった。こんな状況でも安心したのだろうか、痛みも疲れも一気に来たようだ。
「やっぱり傷の手当が先ね」
言ってもう一度腕を伸ばす。ナミは今度も払おうとしたけれど、やると決めたら人の意見などどうでもいいロビンはあっさりそれを制して抱き上げた。
そして暴れるナミをベッドの上に座らせて、着ていたシャツを手早く脱がせた。気付かれないようにハナの手も使った。わざわざ見せて無駄に怯えさせることもないだろう。
「ちょ……っ、変態!」
「子供が何言ってるの。――結構深いわね。」
言いながら脇腹の傷に触れる。ナミが唇を噛んで顔を強張らせた。傷の周りには血が固まってこびりついていたが、傷口からは新しい血がまたあふれ出していた。
ロビンは棚から酒を持ってきて、口に含み吹きかける。ナミは荒い息をきつく合わせた歯の隙間から細く吐き出す。ぎゅっと閉じた瞼や、シーツを握り締める小さな手をなんとはなしに見詰めながら、大した意地っ張りだと思った。
「傷口を縫うけど、我慢できる? 生憎麻酔はないのよ。」
できるだけ軽い口調で言ってみせれば、不安気に見上げる目と目が合う。よくよく見れば傷は思った以上の深さで、きちんと縫合しなければ一週間と待たずにこの子は死ぬに違いなかった。
「放っておけば、寝てる間に楽になれるかもしれないけど。――どうする?」
わざと挑発的に言って見せれば、予想通り、ナミは不安そうだった眉をきりっとあげて噛み切った唇に血を滲ませながら笑った。少女ながらもプライド高く、傲慢なほど勝気だった。
「やって」
そのさまが小気味よくて、ロビンはナミが好きになった。
いや多分、会った瞬間惹かれていたのだろう。生意気な猫のようなこのオレンジの香りの女の子に。
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