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□抱えきれない一言を
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めめしくてごめんね、なんて、怒鳴って部屋を飛び出した。
一瞬遅れて聞こえた気がした、ぽたと言う、水音。
泣かせてしまった。
「ロビンちゃん、大丈夫?」
ノックに返事を返し、それからなぜか一拍置かれた迷いのあと、ドアが開く。
一息目にそう言った紳士は、ソファにもたれた私の目の前に珈琲を置いて、二息目にどうぞと言った。
答えは気にしていないらしい。
「ナミちゃんにも淹れてくれたのかしら?」
「ナミさんにはミルクティーを。ラウンジで飲んでるよ。」
「そう、…ありがとう。」
保護者気取りかと自分で笑えてきたけれど、心からだったので感謝の言葉は伝えることにした。
やさしいコックは揶揄することもなくいいえと返してくれる。
「ケンカするのは仲がいい証拠だよ」
「仲はいいのよ。その点に関しては、あなたには申し訳ないくらい。」
「はは、フォローのつもりがフォローされちゃった。」
立ったままの彼に隣を勧めることもなく、ソファーに頭まで預けた私は不遜極まりない。
それでもそんな事はどうでもいいくらい、疲れ果てていた。
「――呼んでもらえるかしら」
「仲直りには、放っておくのも手だよ?」
「あの子、放っておくと勝手に話が飛躍するから」
「あ、あるね。そういうとこ。」
「早いうちに誤解を解きたいの。さっきは油断したわ。いきなり飛び出していってしまうんだもの」
「じゃあ、呼んできてもいいけど……誤解を解く自信があるのかな?」
声に潜んだものに気付き目を向ければ、見詰め返す目は変わらず穏やかに微笑んでいるけれど、ああ、確かに秘めた想いのあるひとの目だった。
「麦わら海賊団規則、第1節第1条第1項はもう聞いたんでしょう?」
ずるいひとね。怒っているのはあなたのくせに。ルフィに委ねようとしてる。
「今回は運がよかっただけだよ。こじらせて、また泣かせちゃったら、今度こそ船長の耳に入っちゃうかもね?」
「ご忠告ありがとう。私からも忠告してあげるわね。――船長と同じくらい、私も怒らせない方がいいわよ?」
にこりと微笑んでみせる。
彼はふっと息を吐いて肩をすくめ、私の傲慢さをそれだけで許してくれた。
焦りを含んで落ち着きを無くしている私に気付きながら、困った顔で笑ってくれる。
「もちろん、おれがレディを怒らせるわけがないでしょう?」
すぐに呼んできますよ、と身を翻して部屋を出て行く。
彼の前で口すら付けなかった珈琲。
申し訳ないことをしてしまったと思いながら、今更一口口付ける。
珈琲はまだ温かくて、僅かな時間しか経ってないことを告げていた。
とても長い時間が経った気がしていたのに。
彼女がこの部屋を出て行ってから。
それから更に長く感じる時間が過ぎて、2人分の足音が女部屋の前に近づいてくる。
かすかに言い争う声。
だだをこねる声と、なだめる声、と言った方が正確だろうか。
「レディとの約束は破れない」
「私の言い分は?」
「それは直接どうぞ」
「ロビンの味方なのね」
「おれはすべてのレディの味方だよ」
「じゃあ私の味方してよ。一緒に来て。」
「仲直りくらい、2人でしなさい。」
「何よ、こんなときばっかりお兄ちゃんぶって。」
「年上だもん」
妙に可愛らしいやり取りに笑いかけて、笑えない事態に気付く。
ひとりでは会いたくないと言われているのだ。
もう今すぐにでも言いたいことが言いたくて、かわいい会話を聞いてる余裕もなくなる。
「うえ、ちょっ?!」
驚きの声とドアの開く音が重なる。
立ち上がった私は素早くドアの前まで行って、ハナの手からナミちゃんを受け取った。
ナミちゃんの手首を掴んで部屋の中に引きずりこんだハナの手が消えるのを、半ば呆然と見詰めていたサンジにありがとうと一言言ってドアを閉める。
ナミちゃんに向き直ると、あっと言う間の出来事に口をぱくぱくさせていた。
「な、な、」
「なにするの?手っ取り早く部屋に入ってもらったの。」
「ど、」
「どうして?言いたいことがあるからよ。山ほどね。でも一言で済むわ。」
矛盾する言葉に、ナミちゃんは眉根を寄せる。
頭のいい子は総じて言葉遊びが好きだ。だからこうして好奇心を煽れば、達者な口も少しだけ大人しくなる。
「ナミ、」
「……なによ」
居たたまれないというように目を睨みすえてくる。
両手で頬を挟んで、それをしっかり受け止める。
目にはまた涙。
どうあっても泣かせてしまうのだろうか。
「あいしてるわ」
「……おそいよ」
ぽたぽたと涙が頬を伝ってすべる。
悔しいのか、泣いてなんかないわと言う顔で、拭いもせずまばたきもしない。
「あいしてるから」
「さっき言って欲しかったの」
「ええ、そうよね。――あなたを、あいしてる。」
「なに、壊れてんの」
真顔で繰り返す私に、ナミちゃんは泣きながら笑った。
笑い泣きを装って、今更しきりに涙を拭う。
そのあいだも私は壊れたレコード。
「あいしてる。あなただけよ。」
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