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□おとぎばなしシンドローム
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 寝る前のひととき、珍しく2人揃ってベッドに入っているときは、ナミは必ずロビンに寝物語をねだった。

ナミもロビンも比較的ショートスリーパーだったこと、しかも没頭しやすい性格なものだから、ひとたび自分の好きな作業に熱中すると寝ることは二の次になる。
お互い自分がそうなものだから相手にどうこう言う権利も持たず、結果、ナミが海図や日誌に夢中になってるときはロビンが、ロビンが遺跡帰りの夜や新しい本を購入したときはナミが、おやすみと一言残してベッドに入る。

そうでないとき、波も風も穏やかで次の島も前の島も影すら見えないときなんかは、2人で一緒にベッドに入るのだ。
そうしてナミは今夜も、ロビンに遠い国の不思議な話をねだる。

「すると王様は…」

ありふれた王さまが出てくる子供じみた話を最初に聞きたがったのは自分だっただろうか、それとも寝付けず寝返りばかりうっていた自分を見かねて、ロビンが他意もなく聞かせてくれたのだったか。
どちらかははっきりしなかったけれど、今となってはそれはささいな問題で、とにかくナミは夢中で聞いた。
話を、じゃない。それもささいなことだ。王様が裸だったことも、ロバの耳を持ってたことも、お姫様が毒林檎で死んでしまうことも、かぼちゃの馬車に乗ることも、実にささいなできごと。
ナミを夢中にさせたのはその声だった。

「そしていつまでも幸せに、」

うやむやに物語を締めくくる言葉を、ナミの人差し指が遮った。

「まだだめ、もっと話して」

「このお話はここで終わりよ」

「いいよ、創作で。今考えて。」

ロビンは笑う。ナミのわがままなんて、闇の中あらゆる「悪いひとたち」が彼女につきつけてきた要求に比べればあまりにもかわいいものだった。
心地良いくらいの。

「それじゃあそこに一匹の猫がやってきて、」

少しだけ身を乗り出して自分の言葉を遮ってきたナミは、満足そうにまた布団にもぐりこみ、じっとロビンを見つめて耳を傾ける。
その目は温めたミルクのようにとろんと甘くて、ロビンはなんだかホッとした。
だからこんな、知識と呼ぶにはあまりにも曖昧で愚かなファンタジーの話なんかをしてられる。笑い出しもせずに。

ナミは遠いどこかの別の海に揺られてるような気持ちのいい振動を感じながら、ゆっくりと眠りに落ちていく。
ロビンの声がする。
低く遠く、時々寄せて、肩に触れ、心を撫でるように。
愛しあう2人が結ばれる話を、ばかばかしい話だと、自分で思ってるくせに、それでもときどき饒舌になりながら。低く遠く、普段聞けないような単語も織り交ぜて、話してくれる。

「お姫さまは猫が大好きで、どんなときもそばを離れませんでした。
 でもそこにひとりの女がやってきて言うのです。
 “その猫は私のものよ、愛しているの。返してちょうだい。”」

と、これはとんでもない皮肉。
夢に落ちながら、ナミは少し笑って「ビビにまでやきもちやいてたの」、と危なっかしい発音で呟いた。もうほとんど言葉にならない。
ロビンには聞こえただろうか。
ああ、そんなことより、愛してるってもう一度言って。


その声で。

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