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□早く速くはやく
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早く速く生きてるうちに愛という、言葉を使ってみたい、焦るわ(穂村弘)



 「あなたもいつか、誰かと結婚して幸せになるのかしら」
スリラーバークから慰謝料代わりに持ってきたウェディングドレスを眺めて、ロビンが思い入れたっぷりに言った。
風通しをしようと思って吊るしておいたそれが、ロビンの琴線にどう触れたかは知らない。
ただどうしてそこで自分なんだろうと思った。
「ふつう、そこで思い入れ込めるなら“私もいつか誰かと結婚して、”みたいな感じじゃない?」
母親じゃあるまいし、みたいな。そんな意味合いで何気なく言ったらロビンは初めて思いついたと言うように頷いた。
「どうしてあなたの姿が浮かんだのかしら」
「なに、私の結婚式なんか想像してたの? で、きれいだった?」
「ええ、とても」
くつくつ笑い合ってたロビンの頬に、ドレスの白が反射して薄く光った。
「どうしたの?」
急に笑うのをやめた私を不審がって、ロビンが顔を覗きこむ。私にも分からない。
ただ今、急に胸がきゅっと鳴った。
「ロビンも、いつかは結婚して幸せになるの?」
「その質問に答えるなら、あなたも私の質問に答えてくれなきゃね?」
「私はまだ冒険したい年頃だし、」
そこまで言って、これは適切な答えじゃないなと思った。多分ロビンが聞いてるのはそんなことじゃない。私が言いたいのもそんなことじゃない。
「私は、」
喉の奥で水の塊がつかえてるみたいに一瞬息が止まった。ごぼりと、水中に吐き出された空気の音がする。一瞬だけ、苦しい。
「ロビンが幸せになるところが見たい」
気体が水面に昇っていくように自然に呟いた言葉に、それこそ適切じゃない答えに、ロビンは真面目な顔でまた頷いた。
「私も。私もあなたが幸せになるところが見たいわ。隣に誰が居ても。」
こんなの変だ、と思うのに、ロビンがすごく真面目な顔で言ったから。
真っ白なドレスの前、妙に改まった神聖な気持ちになって。
「あんたの隣に誰が立つの、誰があんたを幸せにするの。一瞬じゃなくて永遠に」
誓いの言葉の前振り。次にくる言葉をお互い示し合わせたみたいな顔して向かい合った。
「永遠なら、」
「幸せになるところが見たいなら、」
隣には。


どん、

花火みたいな大砲の音。


「……行かなくちゃ」
見詰め合ったまま、戦闘の合図に応えてお互いに一歩遠ざかる。
どちらともなく早足で、ドアの向こうに飛び出した。

廊下を走りながら、甲板から流れてくる戦いにまつわる音を聞きながら、圧迫される心臓をそのせいにしたかった。
けれど私たちは海賊。


早く速く。生きているうちに。

まばたきのそのあと生きていたら、愛を叫ぼうと思った。
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