携帯用NOVEL

□猫飼い
1ページ/9ページ


 しばらくその寝顔を見詰めていた。
幼い顔立ちに浮かぶのは、寝顔と呼べるほど穏やかなものでは無かったけれど。
「ロビン、どうした? なにかあったか?」
開け放たれたままのドアを隔て、廊下から男が声をかける。長身のロビンの背に隠れて中は見えない。ロビンはそのまま軽く振り返って、なんでも、と言った。
「そうか。あんまり妙な真似してくれるなよ。中には船に女を乗せるのは不吉だなんて考える、旧時代の連中もいるんだ。まあ俺は、楽できていいけどな。おまえ頭いいし」
「ありがとう。肝に銘じておくわ」
猿じみた笑い声の愛嬌ある一等航海士を見送りながら、ロビンは控えめに笑い返す。この船の中でほとんど唯一、彼女に好意的に接してくれる男だった。
いずれ他の連中と変わらぬ末路を辿ることは疑いようもなかったが。
「女が不吉なんて、ばかみたい。私のお母さんは立派な海兵だったわ」
「あら、目が覚めたのね。小さな密航者さん。」
声に再び視線を降ろす。樽の隙間で丸くなって寝ていた少女は両手をついて苦しげに上半身を持ち上げていた。暗がりの中で、目はぎらぎらと刃物のように光っている。
「密航者じゃない。泥棒よ。」
「じゃあ小さな泥棒さん、」
「小さなは余計!」
ロビンは人差し指を唇に押し当てた。宴真っ只中の甲板までは届かないだろうが、さっきの彼のように中をうろついるクルーが居ないとは限らない。出会い頭の少女の死に様なんて興味はないが、ちょうど退屈していたのだ。――猫を飼ってみるのいいかもしれない。
「ケガしてるみたいね。いらっしゃい。」
「お断り。海賊の同情なんていらないわ。」
「私は海賊じゃないわ。この船に仲間なんていないもの。私は考古学者よ。それでもダメ?」
「ダメ。海賊船に乗ってるのに海賊じゃないなんて、そんな言い訳あるわけないでしょ」
「だったらあなたも海賊ね」
ふふふと笑ってみせたら、ナミは眉を大きく跳ね上げて立ち上がった。それと同時にスカートをたくしあげ、太ももの武器を素早く組み立て飛び掛る。
ロビンはナミの背中からハナの手を咲かせてそれを叩き落とすが、少女は驚きながらも止まれない。勢い余って武器も持たないままロビンの胸にぶつかる。
「そういう物騒なもの、私に向けないでくれる?」
ロビンは少女の小さな体を受け止め、床から彼女の武器を拾い上げた。
間抜けにも敵の腕の中に飛び込んでしまったナミは必死で抵抗するが、こんなに年上の女に力で敵うわけもない。がっちりと抱き上げられたまま、ナミは必死で頭を巡らせる。
「死にたいなら大声あげなさい。それより助かるかもしれない命を大事にする方が利口だと思うけどね」
もっともな言葉に、思わずナミは押し黙る。そうだ私は、こんなところで死ぬわけにはいかない。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ