れんさい

□なりきり
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秋口の夜、辺りが暗くなり手持ちの懐中電灯を頼りに歩く四十代前半ぐらいの女性が一人。
彼女はいつもより帰りが遅くなってしまったことを後悔していた。
あたりが畑と水田しかないところでもやはり不審者を気にしてしまう。
それでもこんな時間まで帰れなかった自分がいた。
大切に育ててきた農作物が害虫に蝕まれているのをほってはおけなかったのだ。
田舎町ののどかさに合わないほど都会で育てた自分の警戒心は強いと思っている。
しかし、今ではそれも何の役にも立たなかった。
「田舎町だものね、大丈夫よ」
彼女は急ぎ足で帰路をたどった
しかし、そんな彼女は思いもかけないものを踏んで悲鳴を上げた。
田舎町だからこそ嫌なものを踏んだ気がしてならなかった。
「たぬき?」
懐中電灯の光の先が短い毛のびっしり生えた何かを照らし出した。
おおかた想像のつく嫌な何かを見て見ぬふりで通り過ぎようとして足を止めた。
短い毛のそれは白いワイシャツを着た顔面蒼白の男の頭だった。
彼女はすぐにその場を離れようとしたが、足が全く言うことを聞かずその場にへたり込んだ。
そして、自分で驚くほどの声で悲鳴を上げていた。


「最近は物騒だよねー」
「そうだね」
ちょっと、聞いてんの?って幼馴染のかやに怒られる
「うん」
適当に返事をしてまたニュースを見る。
そんな俺にぶつぶつと文句を言い仕舞には膨れながら新聞を広げた。
食事を終えてもまだトップニュースを放送していた。
同じニュースにそろそろ飽きた頃、「みて!」っと嬉しそうにかやが声を上げた。
「俊平(シュンペイ)の小説が載ってるよ!」
それだけか、そのことなら書いた本人の方がよく知っている。
「俊平の小説面白いもんねー。ねえねえ、次の書かないの?」
「多分書くよ」
楽しみにしてるって席を立った。それでもやっぱりテレビはひとりでに話続ける
「なんなんだよ!」
周りの人が驚いてこちらを見た。そして直ぐに目を逸らした。
自分の小説に出てくる被害者男性と同名の木村徹(キムラトオル)が被害者で、死体遺棄されていて、畑道で見つかって、名前も出ない発見者の女性。
状況が何もかもが再現されている殺人事件。
たまたまだろう。
木村徹なんて日本にどれだけいるかわからない。
落ち着け、大丈夫。俺は落ち着いていると言い聞かせた。
このニュースについて詳しく言わないのは俺を気遣ってだろう。
いや、俺が言わせなかったのだろうか?
だからだろうか?
次の小説を楽しみにしてるって言うのは……
かやなりに不安を回避してほしいという願いが込められてるのだろう
嫌なものを振り払うようにして食堂を出た
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