イナGO

□あとちょっと
1ページ/1ページ

「なんで泣かないの!?泣きなさいよ!!」
頬を強く打たれた
「そういうとこが嫌いなのよ!」
人間うまくできるものとできないものは決まっている。
きっとそうだ
「好きじゃ無かったの!?」
ねぇ?
「変わりだった」
だから
好きじゃなかった。
そう答えた方が楽だったと思う。
「白竜、彼女に打たれたの?」
松風の悪怯れのない質問に無性に腹が立った。
八つ当りはよくない。
「だからなんだ?」
「んと、痛い?」
たぶん心が痛い。
「痛くない」
嘘ついた
あんな女、好きじゃなかった。
それは嘘じゃない
「でも腫れてるよ」
そうだ


今日はアップに多くの道具を使わなかったためか片付けもすぐに終わった。
後は着替えて帰るだけ。
ジャージを着て荷物を無造作に持つたまま俺は1人グランドに残った。
ベンチに座る
別に練習したいわけではない。
1人になれる場所を探していた。ただそれだけだった。

特別何か悩みたいとは思っていない。
成り行きでの1人。
だいぶ日が落ちたから帰ろうとして違和感に目が覚めた。
起きていたつもりでいたが驚いたことに、しっかり寝ていたらしい。
知らぬ間に毛布がかけられていて、霜月の寒さを逃れていた。
「起きた?」
寒さに身震いしながら声の主を探した。
たしかに聞き覚えはある。
寝呆けた頭では思い当たっているが信じられず、見つけることに専念した。

「身動き1つしないから、深く寝てるのかと思ってな」
起こすの悪いから毛布掛けて隣に居てしまった。

声の主は一乃先輩だった。
これを驚かない訳がない
なにせ思い人である

「先輩ぶりすぎたな。」
「いや、そんなことはない。です。」
「白竜が“です”って変だ」
笑う一乃先輩の息が白く暖かだった。
「変って。」
「そういえば、白竜。」
寒そうに手をジャージのポケットにしまう仕草に突如辺りが冷えた気がした。
「“一乃先輩”って呼んでるって聞いた」
「それも変ですか?」

寒そうな先輩の背に毛布を掛けた。
「そうだな」
それからお前のこの態度も、みんな雷門に来てから作ったんだろ。
毛布をマントみたいに羽織って立つと「俺の前だけやめてみないか?」と誘う。

「止めたら一乃って呼ぶだろう、それから話し方にも気をつけない」
「うん」
「それでいいのですか?」
「いい。」
それで悩んで居たんだろ?

「違うな」
「違わない。寸分だって間違いはない」
マントをふわりっ躍らせて、一乃は朗々と話しだした

彼女にふられたのか、ふったから打たれたのか
そんなことで何かを気に病むタイプではないだろ?
それより
自分のどの態度が気に食わなかったのだろうか
そういうことで悩んでいたんだろ?
「おまえはお前のままでいればいいんだよ」
一乃を仰ぎみた
「少なくとも、俺はお前のその態度が好きだ」

好きだ
一乃の真っ直ぐな言葉をどこかで反復した。
「そろそろ帰ろうかな」
俺は立ち上がって一乃と並んで歩いた
隣に並んで校門をぬける
ここがタイムリミットだ一緒に帰りたい。
甘えに聞こえるだろか。
言わなければこのままなんとなく同じ道で帰ることになる
たった一言を言うのに葛藤していれば、ガラス細工のように艶やかな唇から「一緒に帰ろう」と流れた。
本当に何事も聡い。

この人の聡いところに憧れて、無意識のうちに近づきたいと願った。
自分が一乃には遠く及ばないと感じ、それで、他の聡い子と付き合った。
それが今隣で共に帰ろうという。
震える心を抑えて


優しく笑い飴細工のように美しく脆い。
そんなお前に壊れないようにそっと触れるまであと一呼吸。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ