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□猫と世界の終末と、
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放課後。
大半の生徒は一日の授業を終え、自分が所属する部活動を行っているだろう。
そんな私は文化部である美術部に所属する2年生であり、今まさにその真っ最中(?)……だ。


美術部は美術室を部内で借りているが、私はスケッチブックと文房具入れを片手に学園内を歩き彷徨っていた。

毎日美術室に籠り、石膏デッサンやらキャンバスに風景画を描くのも良いが、たまには学園内のどこかにいいスケッチ場所はないかと模索しているところだった。

ゆっくりと校庭を眺めていると実感する、季節は移ろいゆくものなんだと。

校庭にある木々の葉は青々としていたが、今では萎れたような葉になりつつある。
吹き抜ける風も制服を透き通すようで少し肌寒い。


……―――もうじき夏の終わり、だ。



道のりに沿って歩いていると、どうやら中庭にある噴水広場に来てしまった。
噴水を囲むようにベンチも何か所かに設置されている。


ここで持参した弁当やら購買で買った物を広げて昼食を摂る生徒達も少なくない。


そんな似つかない時間帯に独りでベンチに腰を下ろした私。


片手にはスケッチブック。
近くで噴水がシャーシャーと音を立ててただ流れる。


呆然とスケッチブックをパラパラと捲り、とある描きかけの絵が目に留まる。





黒髪に眼鏡が似合う知的な雰囲気を纏った横顔の女性。

その女性の見据えた目線の先には何が映っているのだろうか。

人物像だけで残りの背景の部分は描かれていない、中途半端な絵だ。




深く溜息を吐く私。
もうすぐ氷帝学園主催の美術コンクールが開催される。
内容は美術部の部員は自らが作品テーマを決め、制作に取り掛かり、作品を展示するようになっている。



私のテーマは……、テーマは……、―――心の奥底で課題が反芻している。





「この世がもしも破滅へ向かっているならば“絶望的な恋”と“希望的な恋”、君はどちらを選ぶ?」



突如として、私の頭上から知性溢れる声が降り注いだ。

振り向くと、氷帝学園美術部の部長が眼鏡のレンズを輝かせ、自信に満ち合われた笑みを浮かべて立っていた。


黒髪に眼鏡が似合う知的な雰囲気を纏った彼女、は先程の私のスケッチブックのモデルの女性と同一人物だ。


先輩でもあり、美術部の部長でもある彼女に私は、憧れ以上の好意を寄せていた。




「うーむ。どうやら君は答えを迷っているようだね」



部長は眼鏡のブリッジをくいッと、その細長い中指と薬指で上げる。
私から見た彼女は最早、その動作さえ美しく映える。

唐突に現れた部長から何の根拠もなしに破滅だとか、絶望だとか希望と問われても、どちらにせよ返答に困っていたのは事実だ。



しかしながら私自身……“恋”はしていた―――、普通ではない恋を。


異性との恋愛に関与しない、いわゆる同性愛者。


アニメや漫画の世界では、女性同士の恋愛を“百合”と呼ぶそうだ。




「なら、質問を変えてみよう。君は破滅という言葉を耳にして“絶望”と“希望”、どちらを連想する?」


部長は静かにそう言い放って、リラックスするようにベンチの背もたれ部分に肘を置き、私の様子を伺っている。



『一般的に答えるのなら“絶望”でしょうが、私はどちらかと言うと“希望”を想像しますね』
「……それは何故だい」




部長は興味深そうに口角を上げて妖しく笑う。



『世界が破滅に向い、誰もが不安や悲しみで渦巻く中で、少しでも人生を長く生きたいと思う一縷の望みが希望に繋がっているのではないかと、私ならそう思います』
「ふむ。つまり君は、絶望の中に希望があると」
『はい』
「くだらないね」




間髪入れずに部長からの毒舌を喰らった私は、一旦思考停止。

……―――、一間置く。




「実にくだらない」



また同じ事を言われしまう始末である。
私の意見を真っ向から否定した部長は、飄々と口を開いた。



「世界が破滅に向かっているのなら、最期には必ず終末が訪れる。希望なんてないのさ」
『それなら、どうして絶望と希望という2択の選択肢を聞いたんですか』
「君は、終末論というのを知っているかい?」



横に首を振る私を一瞥する部長。



「ユダヤ、キリスト教に顕著である、言わば世界と人類の終末に対しての宗教思想のことだ。そして、話は世界が創造された原初の楽園になる」
『アダムとイヴですか』
「そう。神の教えの禁断の果実である知恵の実を、蛇にそそのかされてそれを食べてしまったイヴ。しかしそれは甘美な実だったことによりイヴはアダムにもそれを勧めて2人は、今までにない感情が芽生え、神に背いた罰として楽園から追放され地上で暮らすようになった、とされる。それが人類の誕生だね」
『つまり、2人に心が生まれてしまったという訳ですね』
「数奇なものだね……。現実と虚構が入り混じった世界での恋、それは果たして美しいのかそれとも醜いのか」
『両方でしょうか』
「二者択一―――、死と再生、絶望と希望、終わりと始まり、出会いと別れ。その2つは近しい場所にあって何かをきっかけにどちらかが滅んでしまう。人は潔く死を迎え解放されたほうが良いのかもしれない。人は所詮土でしかなくて最期は土に還り回帰することだろう」
『部長なりの終末論ですね』




「それを今知った君なら、これから“絶望的な恋”をする、かもしれないね」











沈黙が流れる放課後。
徐々に日が沈むさなかで行われた部長と私のやり取り。
夕暮れ色に染まった校舎、校庭、すべてに存在するもの。
私の視界に燃えるように映っている黄昏は、本当に人類が破滅に向かっているかのように見えた。




『ところで部長は、恋愛をしたことありますか』



―――彼氏、いるのだろうか。

最後になってから私は部長の終末論を聞いて、ふと疑問に思い、勇気を振り絞り、殴られ覚悟で問う。
部長は何も答えず、ただ私の発言を受け流し、私の頭をペチペチと軽く撫でた。







……絶望って、儚いものね。……




続く



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