真選組の華 〜真選組女隊士物語〜 第1巻

□第5話 火に油を注ぎついでに着火剤とナイロンの服を放り込む様なもの
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清々しい秋晴れとなった、九月某日、朝。


昨日は思わぬ暇をもらったが、江戸の町を自由に散策したり、旧知の友と再会を果たしたりと、予想以上に充実した時間を過ごすことができた。

リフレッシュしたあとは、今までより一層仕事に気合が入るものだ。


今朝のこの空のように晴れやかな気持ちを胸に頑張ろうと、雛乃は心に決めて布団から這い出た。




「では、今日の大まかな流れについて、トシ」


「ああ・・・」




真選組隊士の一日は、毎日早朝のミーティングから始まる。

流石に二日目はこの日課に戸惑うことはなかった。


それどころか、ミーティング中に遠慮なく勃発した土方と沖田の喧嘩も、驚かず穏やかに見過ごすことができたのだった。


近藤の言葉で会が解散になったあと、ほくほくと自身の成長を喜びながら、雛乃は食堂へ続く廊下を軽やかに歩く。




「ふふ・・・ちょっとずつだけど、ちゃんと慣れてきてる。よかったぁ」




思わず独りごちてしまうほど、彼女は嬉しがっていた。


傍から見れば何でもないような進歩でも、入隊自体に大反対を受けていたあの逆境からしてみれば、どんな一歩だって貴重である。


やはり今日は気持ちよく過ごせそうだ!


雛乃は満足げに頷いた。が、そのときふと、今日一日のスケジュールを組み立てなければいけないことを思い出した。




(そうだった。午前中何しよう)




まだ新人の雛乃は暫くの間、配属先の一番隊で沖田について回り、研修がてら雑務をこなすことになっている。

本日は午前中、隊長格の打ち合わせがあるとのことで、午後からしか付き合えないとミーティングの際指示を受けたのだった。


まだ任せてもらえる作業は少なく、そのため午前中を埋める予定は与えられていない。

ミーティングから昼食後までの時間は、今のところ完全な空白になっていた。


何をして潰そうかと案を練りつつ歩いているとあっという間に食堂へ到着してしまう。

前の人々から続く流れに乗って、木製の四角いお盆を手にして、滞りなく焼き魚定食を受け取った。


ミーティング前に朝食を済ませる者も多くいるが、今の時間帯もかなり混み合っている。

新参者のくせをして中心部に居座るのも気が引けたので、雛乃はそそくさと一番角の席に腰を下ろした。


今日の焼き魚定食は、季節柄か秋らしく秋刀魚だ。

そこに中盛りの白米、大根と人参に白味噌を溶いた味噌汁、少々の漬物という、正統派な和風献立になっている。


箸を手に取って小声でいただきますを唱えたとき、まるでその箸の行く手を阻むかのように、人をからかうようなトーンの声がかかってきた。




「隣空いてやすかィ?因みに答えは『はい』しか受け付けやせんけど」




なんとも自由極まりない発言、そしてそんなわがままが似合ってしまう甘いマスク、彼こそ雛乃の直属の上司沖田その人であった。


彼のペースに付き合い過ぎると迷惑を被ることを雛乃は既に学習済みだ。


あまり相手の言葉に神経を傾けすぎないよう気をつけながら、隣に座ることを承諾した。




「会議はまだ始まらないんですね」


「ええ。土方さんが朝飯食ってねーせいで遅れやした。おかげで俺ものんびり食えまさァ」


「遅れ?土方さんはルーズなところなさそうなのに」


「マヨネーズ切れてたからって、食堂の奴叱ってるんでさァ」


「えっ?・・・マヨネーズ?」




何故マヨネーズなのだという疑問が浮かんだが、既に口をつけかけた味噌汁から逃れるのは困難だった。


香り立つ味噌の風味に誘惑され、雛乃は続きを述べる前に一口啜った。


ほぅっと胸のあたりに温かさが広がる。




「そ、マヨネーズ」


「それでそんなに怒りますか?土方さんは、確かに、短気に見えますけど」


「あーそうか。雛乃はまだ知らないんですねィ」


「何をです」




横目で尋ねながら、味噌汁のお椀に再び口を寄せる。


二口目が喉に流れ込んできたそのときに、丁度沖田から返ってきた答えは、その味噌汁を盛大に吹き出す結果を招いた。




「土方さんは重度のマヨラーなんでさァ」


「はぁっ!?えっ、ごほっ、げっっほっ!」




咳と合わせて揺れるお椀に危機感を覚え、まずはそれをお盆に戻す。

そして呼吸を落ち着けるために精神を集中させている間、犯人である沖田はこともなげに焼きそばをかきこんでいた。


暫くかかって必死の思いで苦しい咳から逃れた雛乃は、塩辛い咽頭を紛らわせるため水を飲み下してから、やっと言葉を返した。




「そ、そうなんですか?」


「ま、屯所では有名な話でさァ」




まさか、あの土方が。脳内でベートーベンの『運命』でも流れそうな勢いである。

ニヒルでポーカーフェイス、鬼とまで呼ばれる恐ろしい副長、開いた瞳孔は容赦なく相手を震え上がらせるあの土方が、よりにもよって、マヨラーですと!?


にわかに信じがたいと、雛乃は思った。


しかも沖田の話によれば、ただのマヨネーズが好きな人ではなく、重度のと付くほどだという。


想像してみては頭を振り乱す彼女を見兼ねたのか、突然新たな声が会話に混ざってきた。




「本当だよ、かなり有名。僕も時々買いに走らされるもん、煙草と一緒に」


「ええっ!?や、山崎さん!いつから!?」


「ひどいよ!沖田隊長が来たときに後ろにいたよ!かなり前から座ってたよ!」




雛乃を非難する声をあげたのは、地味が取り柄の監察隊士、山崎だった。


どうやら沖田とともに既に登場しており、今の今までこの場にいたらしい彼なのだが、心霊現象なのではと疑うレベルで山崎は彼女に認識されていなかった。


だがなにはともあれ山崎は、珍獣だらけの動物園のような真選組で、圧倒的に常識人の空気を持っている。

その彼の言葉だ。

土方のマヨラー説は徐々に、雛乃の中で色濃いものになってきた。


とても信じがたいし、かつ信じたい話でもないのだが、山崎が言うのなら沖田のからかいや冗談ということもないだろう。


半ば絶望した雛乃は、どこか遠い目をしたまま味噌汁の揺れる湖面を見つめる。


乾いた笑いと一緒に、率直な感想がつい口をついてしまった。




「土方さんが最後の砦だったのに、幹部の皆さんって・・・社会的に全滅ですね・・・」


「おい。どういう意味でさァ」




沖田がべしっと雛乃の頭を叩いた。
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