真選組の華 〜真選組女隊士物語〜 第1巻

□第2話 戦う時は相手の隙を見抜き己の隙を見せないこと、ここテストに出るよ〜
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「どういうことなんですか!?」


「女…!」


「局長、ついに頭イカれたんですか!」


「ゴリラなんですか!」


「女だ!」


「女だー!」


「局長はいつまでゴリラなんですか!?」


「おいっ、お前ら何かところどころ違う反応混ざってるだろ!ゴリラゴリラ聞こえるぞ!」




屯所の広間から溢れだす勢いで爆発したこの騒ぎだが、それもある意味では無理もないと言える。


近藤が先程隊士たちに紹介したのは、今も隣に座っている小さな少女だ。


今まで女人禁制を頑として貫いてきたこの組織に、突如として、女隊士を投入するという判断が下された。

それ対しての反応は真っ二つに別れていた。




「まあ、いんじゃね?」


「顔も可愛いぞ〜」


「一人ぐらいいたっていいよなぁ、こんなむさ苦しい場所だし」




一つは、彼女を受け入れる態勢をとる者。


勿論これには下心のある人間も若干名いるようだが、雛乃の入隊に賛成していることに変わりはないだろう。


もう一つはというと、




「俺は反対だぜ」


「おっ。土方さん、めずらしく気が合うじゃねーですかィ」


「お前とか。嬉しくねぇな」




雛乃を拒絶する者である。


そしてなんとも不運なことに、真選組の中核を担う土方と沖田は後者のようだった。


ここへ来る前、局長室で幹部のメンバーに関して多少説明を受けたのだが、実際に会ってみると、語られた内容とは食い違いがあるように感じる。


土方は鬼の副長と呼ばれてはいるものの、実際は根が善人でそれほど怖くはないと近藤は言っていた。


だが今自分を睨み付けているのは、間違いなく鬼のような副長であった。




(どっ、瞳孔!瞳孔開いちゃってます!開いちゃってますって!)




心の中で泣き叫んだ雛乃だったが、無論その声は誰にも相手にしてもらえない。


土方はその目で、雛乃の頭のてっぺんから足の先までを品定めするように見ている。


下手に動けば殺させるのではとまで錯覚させる、凄まじく鋭い目付きだ。




「近藤さん、あんた自分のやってることわかってんのか? 真選組に女だなんて。大体松平のとっつァんは何て言ってんだよ」




そう言った彼の表情は怒りと不満に歪み、眼光はますます鋭さを増していく。


雛乃は彼の視線を真っ直ぐ受け止めながら、内心こう思っていた。




(そんな目で見ないでぇ〜っ…うわーん、逃げ出したいぃ〜…)




土方の厳しい意見に冷静さを欠いていた隊士たちも思わず我に返り、広間には沈黙がおりた。


雛乃もこの空気にはつい口をつぐんでしまった。

何か言い訳でもすれば、彼に殺されてしまいそうなのである。


彼の意見を長年参考にして来たためか、近藤ですら難しい顔をして黙っている。


誰一人何も言えないでいると、自分達の側に風が向いてきたと感じたのだろうか、気の抜けた声がすかさず土方に同調した。




「そーですぜィ。その女を入隊させたところで、俺らに何のメリットがあるのか俺にはわかりやせんェ」




そう言ったのは、飄々とした態度の裏に隊への熱い思いを持っていると近藤に聞いた、一番隊の沖田だった。




「女なんざ、体力もねーし根性もねーし面倒ごと抱えるも同じでさァ。野郎共が盛ってもうぜーですし、こいつだって性奴隷になりに来たわけでもねーんでしょ?」




雛乃とは年も近いのできっとすぐに打ち解けるだろうと聞かされていたが、こちらもまた、紹介の内容と現実とではギャップがあった。


しかし、近藤の言ったことは決して嘘ではない。

仲間内で見せる彼は、そのような人物なのであろう。

今は雛乃を敵視しているというだけで。


彼の目もまた、油断なく少女を見つめている。

大きな瞳は不機嫌そうに歪んでいた。




(やっぱり、だめなのかな)




彼女の意思でここへ来たわけではないといっても、自分の存在をそう何度も否定されるのは流石に胸が痛んだ。


ここまで拒まれるのに、無理に居座ることもないのではとまで思えてしまう。


雛乃が苦しげに眉根を寄せた時だった。


腕を組み、じっと二人の言い分に耳を傾ていた近藤が、重々しく口を開いて一言告げた。




「…とっつァんの了解はもうとってあるぞ」




土方や沖田をはじめ、隊士達は一時驚愕に言葉を失う。


信じられない、という様子の幹部二人に向けて近藤はさらに続けた。




「寧ろとっつァんは推奨派だったよ。男臭い集団には飽き飽きしてきたっつってな」


「そんな理由で決められちゃあこっちだって迷惑だろ!」


「トシ、お前とっつァんが何て言うかが気になってたんじゃないのか? あの人の決定には従うしかねーから聞いたんだろ?」


「…」


「とっつァんは認めた。これだけで、俺たちが雛乃を受け入れる理由にはなるだろ」




そう言われると、土方は黙る他なかった。


舌打ちをこぼすと隊士もいる前で堂々と煙草に火をつけ出す。




「それに雛乃は、確かにこんなに華奢だがしっかり戦えるぞ。この子を紹介してくれたのは俺の知り合いなんだ。そいつの折り紙つきとありゃ、戦いに関しては懸念する必要なさそうだ」


「…へぇ」




不服そうに沖田が呟いた。




「――それに、もう入隊手続きは済んでる。幕府にも次期認可されるだろう。この子はもう既に、真選組の隊士なんだ」




隊士たちが固唾を飲んで見守るなか、近藤はそう締め括り、見事に二人の男を黙らせたのであった。


話が進むのに合わせ、広間のムードは段々と雛乃を受け入れる方向にまとまりつつある。


近藤の話にはある程度の説得力が込められていたようだ。




(良かった、大丈夫そう・・・)




雛乃は張っていた肩をふわっと脱力させ、こっそり安堵の溜め息をついた。


土方や沖田とは、今後少しずつわかりあえればよいだろうと自分を納得させる。

ゆっくりやっていけばそれでいいのだ、と。


しかし、彼らはまだそんな気分にはなれていなかった。




「俺は納得できねェ」




兎を狩る狼のようなきつい目付きでギロリと雛乃を睨んできたのは、一番最初に女隊士反対の意見を述べた土方だった。


彼の思考はそう簡単に覆らないらしい。


視線が突き刺さるように感じ、無意識のうちに体が強張る。




「女がいれるほど綺麗な場所じゃねぇだろここは。途中で諦められるのはごめんだ。今ここで辞めろ」


「…ならトシ、お前はどうすれば納得出来るんだ?」


「認める気なんかねぇよ。…そうだな…その女が総悟に勝ったら。ってのはどうだ」




ざわ、と広間の空気が乱れた。




「えー、俺ですかィ。面倒くせーなァ、土方さん自分で戦ってくだせェよ」


「純粋に剣の腕だけで言えばお前の方が上だろ。おいてめえ。こいつに勝ったら、認めてやるよ」




土方は冷たく言い放つと、彼女の白くて細い四肢や、翡翠の目の下の赤く膨れた涙袋を、卑下するかのようにニヤリと笑った。


“この弱々しい体格の女に、何が成せるというのか”とでも言いたげな笑いだった。




「入隊試験か…。考えてなかったな。どうだ雛乃、やるか?」




近藤は雛乃に尋ねる。




「強制じゃねえし、断っても、トシが納得しねぇだけでお前は入隊できるぞ」


「いえ。副長に認めて頂けるなら、やります」




雛乃がそう答えると、隊士たちはおおっ!と盛り上がった。


話に乗ってきた彼女を感心するように見やった土方は、しかし彼女とめがあった瞬間、凍りついてしまった。


燃え上がる闘争心、勝利への貪欲な姿勢、何より自分への並々ならぬ対抗心が少女の目には宿っていた。




(絶対勝ってやる…この怖い副長を今後一切黙らせるために…あの瞳孔を閉じさせるために…!もう怖いのやだ!!)




まさか雛乃が心のうちでそんなことを考えていようとは、誰にもわからなかったであろうが。




「総悟、雛乃の相手してくれるか?」


「いいですぜィ。土方さんに貸しが作れるのは好都合でさァ。丁度朝練サボっちまって体動かしたいとこですしねィ」




一見快く了承したように見える彼もまた、バチバチと火花を散らす土方と雛乃を、端から見て楽しんでいるだけなのであった。


様々な思惑が絡み合うなか、斯くして雛乃は、入隊早々剣豪の沖田と戦うという災難に誘われてしまったのだ。
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