真選組の華 〜真選組女隊士物語〜 第1巻
□第1話 周りの環境が人を変えるのではなく周りにいる人が人を変えるのだ
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九月下旬、真選組屯所前。
数えで十七になる少女は、恩師である松ノ原に連れられ、江戸はかぶき町まで数日の旅をしてきた。
やっとたどり着いた目的地は、泣く子も黙るというこの国の警察、真選組が住まう女人禁制の建物である。
何故いたいけな少女がこのような物騒な場所へやって来たのか、その理由はたったひとつ。
今日からここで、彼女の生活が始まるからだ。
女隊士入隊篇
隊士によって屯所内へ迎え入れられ、局長室に通された二人は、この組織の局長である近藤勲と、三人で話をすることになった。
少女にとっては今後暫く厄介になる人物だ。
戸の前で少し緊張している彼女に、松ノ原は微笑みを浮かべて告げる。
「雛乃。勲はとても良い人だから、何も心配することはないよ」
穏やかな口調でそう言った。雛乃は小さく頷きを返す。
しかしその言葉を聞いても、未だ不安は拭い切れない様子だ。
松ノ原の影に隠れるようにして、こわごわと局長室へ足を踏み入れた。
「おぉ、有助!待ってたぞ!」
部屋に入った瞬間に飛んできた大声。
雛乃は思わず竦み上がり、固まってしまう。
自分の着物を掴む彼女を見て松ノ原は苦笑を浮かべた。
「そんなに警戒しなくてもいいと言っているのに」
「だけど・・・私・・・今日からあの人に・・・」
「そうだね。今日から君が従う人物だものねぇ。そう簡単には認められないか」
その慎重さは素晴らしいよと、松ノ原は目を細め、頭を撫でてくれる。
この温かい空気から今日で抜け出さなければいけないのだと思うと、やはり後ろ髪を引かれる。
だが、こうすることが自分の成長に繋がると選んでくれた道だ。
それに、いつまでも彼に頼って生きているのは情けないとも思う。
十九も目前に控えた今、そろそろ一人立ちすべき頃合いなのだろう。
この真選組という組織が、果たして身を置くに相応しい場所なのか。
この局長が、従うに相応しい人物なのか。
それをしっかり見極め、納得しなくてはならない。
「いやー、久し振りだねぇっ、有助よぉ!変わってねーなぁ」
「勲こそ変わらないんだね。その暑苦しいノリといい、むさ苦しい雰囲気といい、ゴリラといい」
「ゴリラ!?あれ、お前そんなこと笑顔で言うキャラだったっけ!?」
「人は変わるものだよ、勲」
面識のある二人は、久々の再会を喜び、会話に花を咲かせている。
雛乃はその様子を一歩離れた場所から見ていた。
いや、寧ろ睨みつけていたと言っていい。
松ノ原と親しげに言葉を交わす男を、舐めるように見ていた。
その視線に気がついた近藤は、ようやく松ノ原の後ろへ姿を隠していた雛乃に声をかけた。
「おっ、君が雛乃ちゃんか?ふんふん、可愛い顔してるじゃねーか!」
今日からよろしく頼んだぞ、と豪快に笑いながら近藤は言う。
そして、雛乃に向かって何とも自然に手を差し出した。
(・・・あ)
自然で気取りのない動作と、人を初見で差別しない大らかな姿勢。
雛乃ははっと目を見開き、同時に悟った。
彼が今まで、この、手を差し出すという一連の動作を幾度となく繰り返してきたことを。
きっと何人もの人間に、同じように笑顔を向け、手を差し伸べたのだろう。
そうされてこの隊に入った者もいるのかもしれない。
雛乃はこの瞬間、彼の下で懸命に働くことを決めた。それは淀みない決意だった。
「初めまして。華宮雛乃です」
「ああ!」
大きな手を握ると、近藤は子供のように輝く笑顔で、握り返してくれた。
「雛乃。改めて、彼がここの局長をしている、近藤だ。今日から雛乃を預かってくれる」
「いらっしゃい、雛乃ちゃん!いや〜、やっぱり女の子だなぁ。これで真選組にも華が咲くよ」
「雛乃で大丈夫です、局長」
雛乃はそう言って、それまでの不安そうな陰りなど一切ない、にこやかな顔で近藤に頭を下げた。
「今日から、よろしくお願いします!」
「おう、しっかり働けよ!」