小話

□博打ダンサー
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高杉は、治安が悪化していた武州の現状を危惧して兄の為五郎が呼び寄せた剣術師範だった。家の使われていなかった大きな納屋が高杉の道場になった。門下生はすぐに集まり、離れからは竹刀を打ちあう音が聞こえるようになった。

「十四郎はいいのかね?」

兄はそう声をかけてくれたが、俺はそれを無視した。剣術を習いたくなかったわけじゃねえ。むしろ喉から手が出るほど習いたかったのだが。

満月の大きな夜だった。門下生達は皆帰り、高杉はひとり離れの縁に座って月を見ていた。

「おい。」

声をかけて歩み寄っていくと、

「あん?・・・何だ?」

煙管から口を離し高杉がゆったりとこちらに目を向ける。

「俺と手合わせしろ。」

ぶっきらぼうに声をかけた。

「手合わせ? 俺ぁ、今日も散々剣術の手ほどきをした挙句に今ようやく休んでるところなんだが。」

ここんちのバラ餓鬼だったらそんくらい知ってるだろ、と言って高杉が一筋煙を吐き出す。

「あんなおままごとみてえな稽古で事足りてんのかよ?」

「おままごと?」

高杉がクツリと笑った。

「道場にいねえくせによく知ってんじゃねえか。」

ムッとして口を結んだ。

「そんなもんじゃねえかと思っただけだ!」

笑い声に続いてカツンという音がして、高杉が煙管を置いたのがわかった。立ち上がると

「来い。」と言って離れの中に入っていく。黙ってその後を追った。



竹刀を持ち相対して立つと知らず肌が粟だった。高杉はシンとした静けさの中に微動だにせず佇んでいて辺りの気は強く張り詰めている。その気を打ち破るように声を上げて打ち掛かっていった。

結果から言えば完敗だった。もともと勝てるとも思っちゃいなかったが。俺からあっさり3本取ると高杉は言った。

「何で俺と仕合おうと思った?普通に道場にくりゃいいじゃねえか。」

「外の連中と並んでエイヤーを教わるのか?」

苦笑いが浮かんだ。

「性に合わねえ。」

こいつとはただ一人で向かい合いたいのだ。

「時間取らせて悪かったな。」

そう言って、その場を去ろうとすると、

「待てよ。」

高杉が俺を呼び止めた。

「礼金は?」

懐から金を取り出した。

「今はこれだけしかねえが・・・、」

その俺の言葉を高杉が遮った。

「十両だ。」

「は?」

とんでもない金額だ。

「ふざけんじゃねえよ!剣術の仕合一つで十両だと!?あり得ねえ!」

「兄貴から貰ってくるか?」

ギリと奥歯を噛みしめた。

そんなことできるわけもねえ。

「俺がそんな大金用意できるわけねえことくらいわかってんだろ?どういうつもりだ?」

低く唸る。

「俺ぁ男色なんだがな。」

高杉がニヤリと笑った。耳を疑った。黙りこくったまま高杉のことを睨みつけていると、高杉がふらりと体を翻して外に向かう。

「おい!」

「冗談だよ。」

ぎしりぎしりと床を鳴らしながら高杉は道場から出ていく。

「いい月が出てる。付き合え。」

俺が高杉に抱かれたのは、その次の満月の夜のことだった。





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