小話

□博打ダンサー
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俺が高杉と知り合ったのは1年ほど前のことだった。バラ餓鬼の名前をほしいままにして喧嘩に明け暮れていた俺は、その日も近隣のごろつきと寺の境内で激しい乱闘を繰り広げていた。

喧嘩の理由なんざいつもくだらないことだったから覚えてもいないが、その日は相手の数がやたら多かったことだけは覚えている。棒切れ一本で立て続けに相手の男達をのしていきながらも、間断なく続く奴らの攻撃に流石にまずいかもしれねえと思い始めていた時だった。

「手伝ってやろーか?」

殺気だった場にそぐわない呑気な、そのくせ有無を言わせないような口調に思わず誰もが動きを止めた。声の方を振り返れば、ぶらりぶらりとこちらに歩いてくる男がいた。片方の目は包帯に覆われ派手な着物には蝶が舞っていた。腰には無造作に刀を差していた。

(侍か・・・。また面倒くせえ奴が来たもんだ。)

界隈の面汚しとして有名な俺に仕置きでもしに来たのかと思って、持っていた木刀を強く握りしめた時、男ははっきりと俺を見て笑った。

「なに毛ぇ逆立ててんだ? てめえに手伝ってやろーかって言ってんだが。」

なぜかその笑みに背筋がゾクリとした。


「返事は?」

「なに?」

「どーする?」

男は腰の刀に手を掛ける。そこでようやく男が俺に加勢しようかと声を掛けてきたのだと思い至った。

「馬鹿か。」

戸惑いが消え、反射的に吐き捨てるように答えた。

「面倒くせえモン出してくるんじゃねえよ。真剣の勝負なんざ侍同士でやってくれ。棒切れの喧嘩は棒切れで相手するもんだ。引っ込んでろ。」

男の見えている方の目が丸くなった。それからそれがふっと弧を描く。

「なるほど。それもそーだ。」

おかしそうに喉を鳴らして去っていこうとする男の姿に、何だったんだと木刀を握りなおした時、ぐえっという蛙が潰れたような声がした。

「棒切れには棒切れで相手してやるよ。」

隻眼の侍はさっきまで持っていなかった木刀を俺に振って見せながらそう言った。すぐ脇で男が一人潰れたように倒れていた。


ほんの数瞬だった。俺を取り巻いていた男達は隻眼の男の剣戟の前にどいつも地べたに這いつくばらされていた。

「血まみれになってるぞ。」

返り血一つ浴びることなく戦い終え、俺を振り返った男はそう言って懐から手拭いを取り出す。

「何なんだ?てめえは・・・。」

放って寄越された手拭いを握りしめた俺に見せた笑みは、甘くどこかいかがわしく、腹の底がカッと熱くなった。


そいつが高杉だった。



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