小話

□過ちと百万の後悔 前編
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「多串くん、金魚飼ってるんだって?」

転校してひと月ほどしたある日休み時間に席で本を読んでいた俺に、突拍子もない言

葉をかけてきた奴がいた。

「・・・俺の名前は土方だ。金魚は飼ってねえ。」

からかわれているのかと、新手の嫌がらせかと、顔を強張らせ、視線も上げずに返事

をして手元にあった本に集中しているフリをした。

「え、金魚死んじゃったの?あんなにデカくなってたのに?」

「死んでねえよ!最初っから、んなモン飼ってねえ!」

変わらずとぼけた調子で話し続けるその男子生徒にムカついて、俺はそいつを睨みつ

けた。

視線の先にふわふわする銀髪を揺らして男子生徒がだるそうに突っ立っていた。

それが銀時だった。

「怖え顔。」

そう言って笑いかけてきた顔に胸がつまった。

もう何年もそんな屈託のない笑顔で話しかけてきた奴はいなかった。

「じゃあさ、うちに鯉、見に来ねえ?」

「は?こい?」

「そ。うちさババアが小料理屋みてえなのやっててさ、いつも水槽に一匹だけ泳いで

るんだわ。」

「んだそりゃ。食うための鯉じゃねえか!んなモンなんで見に行かなきゃならねえん

だよ?せつないわ!」

「人は切ないだのわびしいだのそういうほろ苦い気持ちを乗り越えて大人になって

いくんですぅ。」

じゃあ来ねえの?と言うそいつに、行くわけねえだろと返すと、ふうんと答えてそい

つは教室を出て行った。

廊下には、ロン毛だのやたらデカい天パだの片目に眼帯かけた目つきの悪い野郎だの

目を惹く派手な雰囲気の連中がこちらを見ながらそいつを待っていた。

(ホモだと思ってからかってきたのか・・・。)

しんと心の底が冷えるような感触にそっと胸に拳をあててやりすごす。

「土方十四郎」で検索すれば、ネット上に今でも俺の所業についてあることないこと

がでかでかと晒されている。

おそらく、奴らもそれを見たのだと思った。

からかわれることになど傷つく余地がないほど慣れていたはずだったのに、その銀髪

の奴もそうだったのかと思うと酷く苦しくて、俺は胸にあてた拳をぎゅっと握りしめ

た。



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