小話

□1.5W万事屋 
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「十四郎」

名前を呼ぶ柔らかな声に目を開けた。

「わりぃ。起こした? つい声出ちまった」

早朝の陽の光にボケっとした顔が半眼を緩めて笑っていた。

苦笑いが浮かぶ。

「何が、つい、だ。毎日、毎日、何の変哲もねえ男の顔見て、飽きねえのかよ?」

 緩んだ顔で俺をガン見してる銀時の前髪をつんと引っ張った。

 銀時がアルタナの眠りから目覚めて一年、俺達は朝も夜もほとんどの時間を一緒に過ご

している。

「飽きるわけないでしょ!それにおめえが困ってたらすぐ駆け付けなきゃいけねえから見

守ってるだけだし?」

「いや、今俺寝てたよな? 困ったりしねえだろうが」

「うんにゃ、夢の中でだって困ることあるでしょ。十四郎が泣いちゃうかもしれねえじゃ

ん。目を離せねえよ」

「夢の中って、アホか!? てか、もう見んな!」

 いやもう、うんざりするほど繰り返しているやり取りとは言え、こっぱずかしくなって

来て、顔を背けて立ち上がった。

「何だよ。起きちゃうの?」

 銀時が肩肘をついて半身を起こす。

「もう朝だ。寝てたけりゃてめえは寝てろ」

「や、十四郎が起きるなら、俺も起きるけど」

「十四郎って呼ぶな! 布団から出たら、その名じゃ呼ばない約束だぞ」

 こいつのやたら甘い声は、妙に腰にくるのだ。その声で『十四郎』だとか呼ばれると冗

談抜きでヤバい感じになってしまう。いや、このことはこいつには内緒だ。言ったら面白

がって呼びまくろうとするに決まってるし、それで子どもたちとか町の連中、どころか真

選組の奴等の前で、十四郎呼びされたらたまったもんじゃねえ。

「つまんねえの。ゴリラはトシって呼んでんのにさ」

「関係ねえだろ。近藤さんは」

「関係あるでしょ。ストーカー真選組どもに俺らの仲睦まじいとこ見せつけて、さっさと

おめえのこと諦めてもらわねえといけねえでしょうが」

 銀時に見られないようにため息をついた。



 真選組を正式に辞めて万事屋に就職を決めた時、俺はこれが誰にも一番いい方法だと思

っていた。近藤さんは誰もが認める立派な侍になった。俺がいなけりゃ総悟もしっかり仕

事をこなそうとする。真選組の評判を聞いて優秀な隊士が次々と入ってきているのも心強

かった。俺は、真選組から身を引いて離れたところから見守っていればいい。

 だけど……、

「ふくちょ〜〜〜〜っ!!」

 ガラッと開いた扉の音と情けない叫び声。

「来やがったか!!」

 銀時が飛び上がって玄関に駆け出していく。

「助けてください! 副長! 仕事、全然片付かないんです! 俺の言うことなんて聞い

てくれない連中だらけで困ってんです! 真選組に戻ってきて助けてくださいよお!」

 山崎が玄関先で泣きそうな声をあげている。

「出ていきやがれ! このストーカー野郎!! てめえらの仕事なんて知るか! 十四郎

に近づくんじゃねえ! 自分の仕事は自分で何とかしろ! いつまでも副長とか呼んでん

じゃねえぞ! 出てけ!!」

 玄関に飛び出していった銀時が山崎を追い払おうとして怒声をあげている。

「旦那こそ土方さんのこと独り占めするな! 何だよ、ずっと寝こけてたくせに目が覚め

たとたんに土方さんのこと束縛しくさって! 俺達の副長に何やらせてんだよ!? 浮気

調査だなんて土方さんには似合わないのにぃ!!」

 昨日の仕事は浮気調査だったのだ。何で知ってんだ?こいつ。

「浮気調査だって、立派な仕事だ!コノヤロー! 万事屋の仕事馬鹿にすんじゃねえぞ!

つうか、俺達の副長、とかマジうぜえ! 今じゃ十四郎は俺のだから! てめえらはフラ

れたの! 十四郎はもうおめえらとなんて関わりたくねえの! 顔出すんじゃねえ!」

「そんなん嘘だ! この束縛男! 真選組は土方さんの実家なんですよ! 帰さないなん

て横暴だ!」

「実家!? 実家ってなあ、やさしい婆ちゃんとか爺ちゃんとかちょっと口うるさい母ち

ゃんとかが待ってるアットホームなとこのことを言うんだわ! 真選組みたいなむさくる

しくて野郎臭いとこのどこが実家だ!? ふざけんな! てめえらなんか実家じゃなくて

元カレじゃん!!」

 ちょっと涙目になりながら銀時が叫んだ。

 こうして、万事屋の玄関先で銀時と山崎が喧嘩するのが週に一度くらいのルーティンに

なっている。


「おまえらうるせえぞ」

「十四郎!」

「副長!」

 やれやれと俺が出ていけば、掴み合いしていた銀時と山崎が同時に俺を見る。

「ご近所迷惑だっつうの。そんなところで騒いでたら客だって入れねえだろうが! 山崎」

「はいぃっ!」

 山崎が何か期待するような眼で俺を見た。

「帰れ。俺はもう真選組を辞めた身だ。何度来られても何にもできねえっつってんだろ!」

 途端に山崎の目に涙が盛り上がる。 扉を指させば、山崎はいつもと同じようにすごす

ごと出ていった。


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