小話

□某月某日の真選組屯所(前編)
1ページ/7ページ

「あれ? なっ、ない!」

 裏庭から鉄之助さんの切羽詰まった声がした。

 その日はとても平和な一日で、夕方になって僕等下っ端の隊士たちは焼き芋でも焼こうと屯所の庭で焚火を始め

たところだった。

「大変です! 誰かっ!」

 みんなで駆けつけてみれば、鉄之助さんが青くなって叫んでいた。

「こ、ここに干しておいた副長のパンツがないっす!」

 思わずがっくりと力が抜ける。

「テツ、一生懸命なのはいいけど、パンツ一つでそれはちょっと大騒ぎしすぎだぞ」

 山崎さんが窘めた。

「でもっ、副長のパンツっすよ! 自分は朝洗濯をすまして確かにここに干したっす!」

「風で飛んだんじゃねえの?」

「自分、風で飛んだりしないように洗濯ばさみ8つ使ってガッチリ挟みました!」

「パンツ一つに洗濯ばさみ8つかよ……」

「そうっす! それに今日は全然風なんて吹いてなかったのに……!」

「勘違いしてんじゃねえの?」

「勘違いなんかじゃありません! 間違いなく自分はここに……!」

 涙目になって訴えて来る鉄之助さんに、いい加減みんな面倒臭くなってきたその時、

「何だ? 事件でも起きたのか?」

 土方さんが姿を現した。後ろに銀さんもいる。

「い、いえ、別に!」

 慌てて手を振る隊士の一人をチラと見てから土方さんが言った。

「報告しろ、山崎」

 山崎さんはげっと小さく呟いて、土方さんの後ろにいる銀さんの方を伺った。

「あ、え〜っとですね、それがですね……」

「何だ!? はっきりしろ!」
 
 土方さんがイラッとした声を出す。

「い、いえっ別に何でもないんです! ……そのテツが洗濯物を取り込もうとしたところ、枚数が足りなかったよ

うで……。でも何でもありませんから!本当に!マジで!」

 山崎さんは早口でことさら何でもないことを力説した。んだけど、なんか隠してる感が隠せてない。ていうか、

仕事であんなに能力を発揮する山崎さんなのに、土方さん相手になると何でこう立ち回りがぎこちなくなっちゃう

んだろう?

「山崎! 何隠してる?」

 案の定、土方さんはドスの利いた声をあげ、山崎さんと鉄之助さん以外の隊士たちは巻き込まれては大変とさっ

さと逃げ出した。

「や! ほんっとうに何でもないんです! 洗濯ものが一枚どっかいっちゃったみたいってだけで!」

 必死で言えばいうほど、なぜか怪しく聞こえる。

「洗濯モンがどっかいっちゃった、だけ?」

 土方さんが唸った。

「てめえ、洗濯モンがどこかいっちゃった、だけ、とか言ったか?」

 土方さんの声は地を這うように低い。山崎さんが首を竦めた。

「たるんでんじゃねえぞ! この対テロ特殊部隊である真選組屯所の中で物が無くなるっつうことがどういうこと

だと思ってんだ!? 場合によっちゃテロだぞ!」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ