小話

□博打ダンサー
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「故郷に帰ることになった。」

その言葉を高杉が俺に告げたのは、久方ぶりに満たされて奴の傍らにいた時のことだった。蝋燭の炎だけが部屋の中を小さく照らしていた。煙管に火をつけようとしていた手を止め、隣りに寝ている男を振り返った。

「は? てめえ、今日故郷から戻ってきたばっかりじゃねえか。それなのに、又すぐ帰るっ
てのか?」

せわし気にこいつが故郷に立ったのは三月ほど前。そして今日ようやく俺の前に久しぶり
の顔を見せたところだった。

「ああ。今回はやり残したことのために武州に戻っただけだ。」

「やり残したことを・・・? じゃあ、それ済ましたらもうここには来ないっていうのか?」

「まあ、そうなるな。」

「そうか。」

もう一度煙管を取り火をつけようとして、自分の手が震えていることに気が付いた。何も纏わない肌を伝う汗が気持ち悪い。

「幕府を潰してやろうと思ってな。」

高杉がありきたりな世間話でもするようにそう言った。

「ばくふ・・・?何だって?」

意味がわからず聞き返す俺を嗤うように高杉が口角を歪めた。

「幕府を倒すんだ。腐りきったウドの大木なんざ存在するだけで不快だろ?」

呆気に取られて高杉の顔をまじまじと見返した。確かに黒船が来てからの数年、世情は不安定で倒幕を唱える輩が次々と出てきているとは聞く。だが、天領であるこの武州でそんなことを口にする奴はいない。俺達を統治するのは江戸幕府であるのが当たり前で、将軍が誰よりも貴ばれる存在だというのが共通認識だ。

「寝ぼけてんのか? 何夢みてえなこと言ってんだ。最近流行の尊王攘夷って奴か?故郷に帰って変な思想にかぶれちまったのかよ?」

世情が不安定といっても江戸幕府の威光は変わらず厳然としてある。つい2,3か月前にも不穏な了見を世間に語ったという侍達が江戸伝馬町で数人首を刎ねられたばかりだ。

眉を顰めた俺を見て、高杉がくっと喉の奥で嗤った。

「土方。てめーは何にも知らねえからな。」

一瞬腹の底が煮えた。頬を撫でようとする高杉の指を払いのけた。

「ああ、知らなかったよ。てめえがそんな大した夢想家だったとは。それで、その幕府倒す
とかっていう夢叶えるためにもうこんなド田舎には来ねえってんだな?」

「まあ、そうだな。」

あっさりとそう嘯き高杉が枕元の自分の煙管に手を伸ばした。震える手を止めることができなくて、俺は黙って煙管を戻す。


そして朝が来て、高杉は出ていった。何も言わず何も残さず。俺達の関係はそれで終わった。




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