五年生

□なんでだろ。
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今日も、いつも通りの日。

天気もいいし、にぎやかだし
毒虫たちも元気良く散歩中だ。


『なぁ、頼むっ!!!
兵助だけが頼りなんだ!』


その元気の良すぎる毒虫たちを
回収…いや。
虫カゴと言う名のお家まで
お迎えしてあげるための手伝いを
俺は今、兵助に頼んでいる真っ最中だ。


顔の前で手を合わせてそう言えば、
兵助は少し眉を潜めたが
「仕方ない。」と言ってくれた。


いつも通りのこの流れ。


兵助も、またかと思っているだろう。


けど、それでも毎回手伝ってくれる
兵助は本当に優しくて、良い奴だと思う。


毒虫を挟む用の箸を渡して
俺と兵助は毒虫がいそうな場所まで
移動して行く。


生物委員会しか使わないこの場所は
人手不足なのと、時間が無いのとで
雑草が生い茂っている。


「…ふぅー、またここか。」


兵助は、呆れ混じりのため息をついた。


『毎回、悪いな。』


「んー、まぁ。
別にいいよ。
俺、案外この場所好きだしさ。」


兵助の何気ないその言葉に俺は
キョトンとしてしまった。


「無造作に生えてる雑草も
名前のわからないそこら中の花も
そこのでかい木は
誰も世話をしてないのに、自力で
一生懸命生きてる訳だろ?
それって、何か凄くないか?」


優しい笑顔で兵助は草木を見ていて
風に吹かれる兵助の黒髪は
思わず触れてしまいそいになるほど
ふわふわとなびいている。


そんな兵助の姿に俺は
何だか見とれて


見とれて……

見とっ…


見とっ、見!?

え、俺、何?


今、俺は兵助に見とれていたのか?


気がつけば俺の胸ん中には
よくわからない、モヤモヤとした感情が
生まれていた。


どうしようもなく、目が泳いでいるのが
自分でもわかる。


なんなんだ?


どうしたんだよ、俺。


「どうした、はち。」


普段使わない頭ん中に
たくさんの疑問が生まれて
たくさんの言葉が頭ん中に浮かんで
よくわからなくなっていた俺の中に
数多い疑問にも中和されず
聞き慣れた声が届いた。



『…え゙っあっ…いや。
何でもねぇよ!!
あ、そうだ。
ほら、虫!!毒虫を回収しねぇと。
まぁ、今回は虫は虫だけど
毒蛾だからな!!
飛ぶからな?
兵助、お前気をつけろよ!?』



兵助の心配した表情に
また、頭ん中がぐしゃぐしゃになる。


考えも整理されていなかったが
とりあえず動揺を隠すため
右手に持っていた箸を
動かしながら兵助に見せて
本来の目的の虫捕りを促せてみせる。



でも、なんでだろ。

笑顔が引き攣りやがる。



「騒がしいはちが
いきなり黙りこむから心配したぞ。
まぁ、それだけ喋れるなら大丈夫か…。
そうだったな。
毒蛾、さっさと回収してしまおうか。」



兵助は普通に、目を細めて笑った。


普段なら、いつもなら
そんな笑顔も普通なのに…
今の俺にとって、その笑顔は
俺の頭ん中をぐしゃぐしゃにするのも
容易いものだ。


でも、今は悩んでいるバヤイではない。


毒蛾。


そうだ、毒蛾を回収…じゃなくて
毒蛾のお迎えが先決だ。






『兵助、そっちだ!!!』


「わかった!!」



俺が叫べば、兵助はいとも簡単に
毒蛾を箸でつまんだ。



『さすが、兵助!!
普段から、豆腐をつまんでるだけあって
箸の使い方が上手いな。』


「そんなことないさ。」


少し、照れながら兵助は謙遜した。


雷蔵は、虫のどこつかめばいいのか迷って
すぐに虫に逃げられてしまうし
三郎は、虫の扱い悪いし
勘ちゃんは、誤って箸で虫を殺しかけるし
虫回収は、やっぱり兵助が1番上手い。


『さて、帰るか。』


毒蛾を虫カゴに入れて
俺は兵助に向かって言った。


「あぁ。」と頷いた兵助は
俺の後を続けて歩く。


『あ、兵助。
最近、ここらへんに弦が
のびはじめたから気をつ「うあぁ!!」


俺の言葉を遮った
兵助の声が俺を反応させる。


反射条件なんじゃないかと
自分でも疑う速さで
振り向けば、兵助の顔が
目の前にあった。



ドスッ


という、鈍い音と共に
背中と頭に衝撃が来た。



それと同時に、上から
何かの重みが加えられる。





『――ってぇ…。』


「――悪いな、はち…。」



その重みに疑問を抱きながら
俺は、目を開けた。


そうすれば、目の前には
兵助の顔があった。



『…んなっ!?』



よーく、自分たちの格好を見れば
酷い有様だ。


しかも俺、押し倒されてる身だし…


何か、情けねぇ……。




兵助は、倒れる瞬間
木に髪をひっかけたらしく
結っていたまげが、解けていた。



さらさらして、ふわふわしてる髪が
俺に触れる。
頬にかかる髪がくすぐったい。


こんなに近いのは初めてだ…。


こいつ、こんな睫毛長かったっけ。


こんな、女みたいな顔してたっけ…。



なんでだろ。


俺の心臓、すっげーうるさい。





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