短編集

□悪魔のタマゴ
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タマゴが割れた音が聞こえた。
それはとても遠い所から聞こえた音。その後に鳥が大きく羽ばたいたような音がした。その羽ばたきに混じって、誰かの声も聞こえた気がするが、聞き取れなかった。
これは‘僕’の見てる夢?

しばらくすると、今度は小さな羽ばたく音が聞こえて、その音が止むと、誰かのなく声が聞こえた。
鳴く…泣く…啼く……

それはとても悲しい声だった。けれど、その後にその声はこう言ったんだ。

「お母さんが、守ってあげるからね。」

その次に感じたのは、とてもあったかい温もり。優しい声だった。その声に‘僕’は安心して、いつしかその夢の中で眠ったんだ…。

母親鳥はタマゴを抱えるようにあたためていた。子供達を…タマゴを守るため。
タマゴの中の子供は眠る。いつか殻を破って、愛する母親に出会うため。




割れた。タマゴが割れた。‘僕’は生まれた!雛として!タマゴから孵ったのだ。
孵ったばかりのせいか、まだ目は開ききってないのに、辺りが真っ白に見える。これが何か、僕にはすぐにわかった。これは光で、眩しいと言う感覚なんだと。
光に目が慣れてくると、ようやく瞼を開けた。すると、目の前で誰かが喜んでる。小さな嘴と綺麗な緑褐色の羽の女の鳥。すぐに気付く。彼女が僕のお母さんだ!!
‘僕’はお母さんに向かってピーピーと鳴いた。

「お母さんだ!」

「「お母さん!お母さん!」」

ふと自分以外の母を呼ぶ鳴き声が聞こえて、声の方を見やる。
そこに居たのは、小さな子供の雛達だった。彼らは兄弟?
母親鳥が幸せそうに笑っている。きっと僕たちが孵ったからだよね!僕もお母さんに会えて嬉しいよ!!
そんな意味も込めて、僕はピーピーと力強く鳴いた。
母は赤ん坊鳥の僕たちを優しく見つめる。あ、笑った!とても幸せそうな笑顔に、僕も嬉しくなる。
僕以外にも色々な子がいる。まだ目が開きにくい小さい子。けれど、どれもまだまだ小さい子供達だ。

……さあ、大変なのはこれからだ。




ピーピー!ピーピー!

「ごはん!」

「「ごはん!ごはん!」」

大変大変。お母さんはごはんをせっせと僕達に運ぶ。お母さんもお腹がすいてるのかな?
でも‘僕’はもっとすいている。ごはんをいっぱい食べて大きくならなきゃ!
巣立つその日までに僕は大きく、強くならなきゃいけないから。


「ボクのごはん!!」

兄弟が、勝手に僕のご飯を横取りする。僕はそれに腹が立って、その子に体当たりをした。

「ちがうやい。僕のごはんだ!」

「いたっ!違うよ、ボクの!!」

兄弟ゲンカなんて日常茶飯事。僕と兄弟はごはんを取り合っていて、まるで早食い競争だ。

「私のごはん、勝手にとらないでー!!」

「こらこら子供たち。足りないごはんはママが持ってきてあげるから。みんなで仲良く食べましょう?」


母親鳥が笑って僕達兄弟をなだめた。子供たちは食いしん坊。だって大きくならなきゃいけないもん。
母はせっせとごはんを子供達の口の中へ運ぶ。
僕達にとっては、とても忙しいけど、お母さんと一緒にいられる楽しい時間なんだ。


……

ある日、兄弟の一羽が‘僕’に言った。

「お前、本当にボクたちの兄弟?」

「えっ?」

「だってオマエだけ、俺たちや母さんと全然似てないんだもん。」

もう一羽の兄弟も‘僕’を、気味悪がるようにそう言った。僕はたしかに兄弟のみんなと違うところがあった。身体もみんなより大きいし、羽のかたちもみんなと違う。でも、僕はお母さんの子だ。お母さんの巣で孵ったお母さんの雛だ。

「僕は、みんなと同じ、お母さんの子供だよ。だから、僕はみんなの兄弟だよ。」

「ウソつけ。だって一番に孵った兄貴の俺より、ずっと大きいじゃないか。」

「そうだそうだ。ごはんの量だって、みんな同じのはずなのに、なんでお前だけそんなに大きくなるんだよ!?」

「それは……」

「俺、知ってるよ。オマエ、‘悪魔のタマゴ’なんだろ?」

「…ナニ、ソレ?」

「雀の兄ちゃんに聞いたんだ。この世には、悪魔が鳥の巣にタマゴを産み付けて、その鳥に悪魔のタマゴを育てさせるんだって。」

兄弟はそう説明すると、今度は僕を睨んで静かに話しを続けた。

「そして、タマゴから孵った悪魔の子供は、巣に居た本当の子供を……‘地獄へ突き落とす’んだってさ。」

「ひっ…!」

兄弟の誰かが、小さく悲鳴をあげた。兄弟の瞳は皆、‘僕’を見ている。その視線はどれも、侮蔑や恐怖、敵意を帯びたものだった。

「オマエは悪魔のタマゴから孵った悪魔の子供……そうなんだろ!」

「違っ、僕は皆とおなじお母さんのっ…」

「お前は、お母さんの子じゃないんだ。ボクたちと兄弟じゃないんだろ!!」

兄弟にそう言われ、‘僕’の中で何かが弾ける音がした。違う。僕はお母さんの子だ。‘お母さん’の子供なんだ!

「イヤだ。私、地獄に落とされたくないっ!」

「違う…僕は‘そんなの’じゃ………」

「ウソだっ!お前が悪魔の子供なら、ボクたちと違うのも頷けるじゃんか!!」

「……が……さぃ…。」

「出てけよ悪魔!この巣から出てけ!!」


うるさあぁぁぁぁいっ!!

ドンッ!!
何かに当たった。まだ飛べもできない‘僕の羽’が、何かを突き飛ばした。
しかし、当たった先の‘何か’は何処にも見当たらない。僕は辺りを見渡す。

「ひ……ひぃっ…!」

「お、おお、お兄、ちゃん……が…」

兄弟は皆、僕が何かを突き飛ばした方ばかりを見ている。ただし、僕に「出てけ」と言っていた兄弟二羽を除いて。巣の中に、あの二羽の姿は消え去っていた。

…母親がごはんを持って巣に帰ってきた。

「どうした……の?」

巣の中で黙ったままの僕達に、お母さんも異変に気付いたようだ。母親鳥は僕に聞いてきた…。

「兄弟はどこにいるの?」

僕は言い出すことを一度ためらう。けれどちゃんと話さなければ。兄弟は、あの二羽は……

「落ちちゃったの。お家の下に落ちてっちゃった。」

僕がそう答ると、母はサッと血相をかえた。僕たちにじっとしているように伝えて、母親鳥はすぐに巣の下へ降りていく。

……しばらくすると、なく声が聞こえた。母が啼いている。
大事な子供が死んじゃった。
―大事な兄弟、死んじゃった。

…お母さんが巣に戻ってきた。僕たちは心配で母をずっと見つめている。

「大丈夫よ。お母さんが絶対守るからね。」

お母さんは僕たちにそう告げる。お母さんは優しい顔で笑ってる。僕達に心配を掛けさせまいと。

お母さん、ごめんなさい。
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