短編集
□B級美食家のオヤツ巡り
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*B級グルメ*
B級グルメとは、贅沢でなく、安価で日常的に食される庶民的な飲食物のことである。また外食以外に、家庭料理に該当する場合もある。
(Wikipediaより引用)
私はB級グルメをこよなく愛し、数々のB級グルメを食すことこそが、最大の喜びなのだ。
私はB級グルメの食通……
そう。私は【B級美食家】なのだ!!
「まあ、‘自称’だけどね。」
ガクリッ
友人の一言で、少女は頭を勢いよく下に落とす。
放課後のとある高校、調理実習室。調理部である少女。二年生部長、木内柚実(キウチユミ)はぷくーっと餅のように顔を膨らませた。
「そこはビシッと決めさせてくれよ千花(チカ)ちゃん!」
そんな柚実の友人であり、同じく調理部である同級生、千花は、むくれている彼女に冷めた視線を送る。
「だってB級美食家って言っても、柚実があちこちのB級グルメを食べ歩きしたり作ったりしてるだけじゃん。特にブログとかで紹介するわけでもないし。」
「うぐ…だって、使い勝手がわかんないだもんよ〜!」
「あー、機械オンチだもんね柚実は。」
そう言って、千花は彼女の頭を撫でる。が、その言葉には、哀れみの心など全くこもってない。
彼女に撫でられるまま机でうなだれる柚実は、先ほど調理部で作った沖縄名物[ちんすこう]を片手にポリポリと食べていた。しかし、そのだらしない姿を口出しする人間は居ない。
…と言うか、この調理実習室には、柚実と千花の二人しか部員は居なかった。
「千花ちゃんも食べる?ラードを使った本格派ちんすこう。サクッとした食感と香ばしい砂糖の甘さが口の中を広がる、良い出来だよ!!」
「さっき一つ食べたから、もういらない。」
柚麻が差し出してきたちんすこうを千花は押し返して首を振った。
正直なところ、ちんすこうを作る過程に見たラードと砂糖の量に、食欲が失せたのだ。
「そう言えば、昨日はタコライスで、一昨日はいきなり団子だったよね?なんで、九州、沖縄のB級グルメばっかり…?」
「この1ヶ月は九州、沖縄地方のB級名物を制覇しようと思いまして。ちなみに明日は長崎ちゃんぽんなのだ。…トルコライスも捨てがたいな。」
「やめて。聞いてるだけでお腹がいっぱいになってきた…。」
千花は気持ち悪そうな顔をしながら口元を押さえる。だが、柚実はそれを気にすることもなく、平然とちんすこうを頬張っていた。
「よくまあ、そんないっぱい食べられるよね。柚実はカロリーとか体重とか気にしないの?」
「んー?カロリーとか気にしてちゃ、食べたいもんも食べられないじゃないか!それに私、あんまり太らないんだよね。」
「…は?」
「体質かなー?いくら食べても太らないのだよ。」
「わぁ、何それ腹立つ☆」
千花は笑顔でそう答えるが、もちろん裏側は笑顔ではない。彼女が後ろに隠した右手が、握りこぶしをつくっていたのは言うまでもない。
しかし、柚麻はそれに気づく様子はなく、話を進めた。
「てかさー千花ちゃん。私達が調理部は、何故こんなに廃部寸前の少なさなんだね?」
「このダイエットブームのご時世に、好きこのんで料理作って食べまくる部活に入りたい人が居ないからじゃない?」
「と言うか、副部長はドコだね?」
柚実はキョロキョロとその‘副部長’を探すフリをする。
「サボってるんじゃない?」
千花がそう言うと、柚実はまた膨れっ面をして腹を立てた。
「またか!!自分から、副部長に立候補しといて来ないとは何事か!?」
「まー…‘アイツ’は調理部の数合わせみたいなものだし…。しょうがないんじゃない?副部長になった動機も不純だし…。」
「それでも許せぬ!!」
柚実は残り数個のちんすこうを掴むと、カバンを持ってスクッと立ち上がった。
「副部長は例の場所かね?」
「たぶんね。どうするの?」
「副部長でありながら、部活動に不参加の罰として、私の今日のオヤツをおごってもらう!!」
「まだ食うの!?」
さっき、あれほどちんすこうを口に放り込んでいたのに、まだ食べると知って千花は口をぽかんと開けていた。それと同時に、柚実は勢いよく調理実習室の扉を開ける。
「今日の部活は以上!千花ちゃんまたね!」
彼女はそれだけ言って、調理実習室から出ていった。千花は出ていった柚実に手を振ったあと、軽く苦笑いをする。
「あーあ。‘アイツ’も大変だなぁ。柚実のオヤツ代だなんて、痛い出費だって言うのに…。」
千花は調理部用のエプロンを、自分のカバンの中にしまいながら、独り言をもらした。
ふと、机にまだひとつだけ残っていた、二人で作ったちんすこうが目に入る。
千花はそれを調理で使ったキッチンシートの切れ端で綺麗に包み、ポケットの中に入れた。
「ま、柚実だから……わざとやってるのかな?」
そう呟きながら、千花は天井を見上げていた。
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