薄桜鬼(沖千)

□ねえ。その痛みはやっぱり、くるしいですか?
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最近雪村千鶴を見ると胸の辺りがこう……ちくちくと痛む。

病気かと思い、松本先生に相談してみた。

しかし先生には「病気じゃないから安心しろ。それにしても…ついにお前さんにも春が来たか!」と言って背中を叩かれ追い出されてしまった。

松本先生が言うなら間違いないと思うが、痛みは一向に納まる気配を見せない。

最近では稽古にも熱が入らず、沖田は悶々とした日々を過ごしていた。



これはそんな沖田が、自身の想いを自覚する事になる……そんな出来事。





  *  *  *





「……そんな酷い事言わなくても良いじゃない!為君の馬鹿っ!為君なんて大っ嫌い!!!」

うわぁぁぁん、と泣き声をあげながら走っていく子供を見たのは、沖田が壬生寺に行く途中の事だった。

凄い勢いで走り去って行ったのは沖田がいつも遊んでいる子供のうちの一人。

(………何だ?)

流石の沖田もその尋常でない様子に壬生寺に行くのを諦め、慌ててその子の後を追い掛けた。このまま放っておくほど沖田は人でなしではない(つもりだ)。



「ふうん。そんなことがあったんだ」

「……うん。為君酷いでしょ!」

「そうだね…」

沖田はそう頷きながら“謝るまで絶対に許さないんだから!”と言って泣きじゃくる子供の頭を宥めるように撫でた。

だが、その顔は少々困ったように眉が下がっている。

子供同士の喧嘩なので時間が経てば自然に仲直りするかとも思っていたが、この態度を見る限りそうでも無さそうだ。

為三郎が謝るまでこの子は自分の意志を曲げることはないだろう。

それ位怒っている。

(どうしようかなあ)

いつまで経っても泣き止む気配のない子供を根気よく慰めながら沖田は空を仰ぎ見た。

……この子が怒っている理由は至極単純。

為三郎から理不尽な嫌がらせを受けたからだ。



つい先程、この子が為三郎以外の男の子と遊んでいる時に、為三郎がやってきて突然この子を突き飛ばしたらしい。しかもその挙げ句に相手の男の子に指を突き付け、こんなのと遊ぶなんて馬鹿じゃないの的な事を言ったらしい。

当然の様にこの子は怒り、為三郎に謝罪を要求した。

そこで為三郎が謝っていればここまで話がこじれる事もなかったと思うが、あろうことか為三郎は「俺は絶対に謝らねえ」と言ったらしく、この子の怒りが大爆発。

この子は為三郎の頬を引っ叩いて、泣きながら走り去ったらしい。

で、その走り去ろうとした所を沖田が見かけ、心配になって追いかけ今に至る。

そう言う事らしい。



確かに今回の件に関しては全面的に為三郎が悪い。

もし沖田が土方に同じ事をされたら、引っ叩くだけでは腹の虫が収まらず問答無用で斬っているだろう。

だが今回は子供同士での事であり、相手をばっさり斬ってすむようなものでもない。

今後のこの子達の関係を考えるとなるべく後腐れなく、為三郎とこの子を早いうちに仲直りさせた方が良いが…。

だが、この場合どう仲裁すれば良いものか。

沖田は頭を悩ませた。

こう言う事は原田の方が向いているのだが、生憎原田は大阪出張中で不在だ。

肝心な時に役に立たない男である。

かといって他の人間に聞く気も起きない。

沖田は仕方なしに自分で行動する事に決め、未だ泣きじゃくる女の子に告げた。

「為三郎の事は僕が懲らしめて来てあげる。だから君は朗報を待っててくれていいよ」

沖田の言葉に女の子は一気に泣きやみ、今度は不安そうな顔をした。

「総司兄ちゃん…為君が可哀想だから暴力は振るわないでね」

「……君は僕をどう思ってるのかな?」

「優しいけど怒ると凄く怖くて手が出そうなお兄ちゃん」

きっぱりと言い切った女の子に沖田は米神をひくつかせた。

…子供とは可愛いだけではなく、時に残酷な生き物である。





  *  *  *





そして沖田は女の子に「僕は基本的には優しいから大丈夫!」と言い含め、無理やり納得させると少々不機嫌になりながら為三郎の元に向かった。

今のこの状態で為三郎に反抗されたら自分は大人気なく怒ってしまう気がする。

しかし夕食の時間も目前に迫っていた沖田には時間がない。

とっとと解決して美味しいご飯を食べる為にも、沖田は不機嫌さを何とか誤魔化しながら為三郎を探した…。



沖田はまず最初に為三郎の家に向かった。

しかし既に家に帰っていると思っていた為三郎は不在。

仕方なく色々な所を探したのだが、為三郎は予想外の場所に居た。

為三郎はまだ壬生寺にいたのだ。

しかも何故か寺の隅で小さくなって蹲っている。

沖田は不審に思いながらも、発見した為三郎に極力優しく声を掛けた。

為三郎が何だか落ち込んでいる様に見えたのだ。

「為三郎?」

「…………」

沖田は呼びかけても返事の無い為三郎に対し、これみよがしにため息をつきながら隣に腰を下ろした。

「ねえ、あの子に何であんなことしたの?」

「………」

「あの子泣いてたよ」

「…………」

「ねえ、為三郎。だんまりを決め込まれても困るんだけど」

「……………」

「はあ…君ってあの子の事が嫌いなの?だからあんな事…」

沖田の忍耐力はもうそろそろ切れそうである。

もうそろそろ力技に出ても良いだろうか、そう思い始めた時に為三郎はぼそっと小さな声で呟いた。

「違う…違うよ。俺あいつの事嫌いじゃない」

とても小さな声だったが、沖田の耳にちゃんとその声は届いた。

だが為三郎の告げた言葉に沖田は首を傾げた。

嫌いではないのならば何故女の子を泣かせるような行動に出たのか。

沖田は理解出来なかった。

「なら何であんな事したのさ。君だって男だろう?女の子を泣かせるような行動はどうかと思うけど?」

「…俺も何であんな事したのか分かんないんだよ。気がついたらああしてた。あいつが俺以外の男と楽しそうに話してるの見て我慢できなかったんだ」

「別にあの子が誰と話そうが為三郎には関係ないと思うんだけど」

「そう、なんだけどさ…でも俺………あいつの事好き…なんだ。あいつも俺の事好きって言ってくれた。それなのに俺以外の男と楽しそうに話してるのを見るのが嫌だった。あいつを誰かに取られるみたいで嫌だったんだ」

「為三郎……」

沖田は為三郎の言葉に驚きを隠せなかった。

子どもだとばかり思っていたが、実はそうではなかったようだ。

為三郎はもう恋を知る大人だった。

為三郎は今あの子に対し恋情と嫉妬を感じている。

そして嫉妬に駆られてとっさに起こしてしまった、彼女への酷い仕打ちに対し後悔の念に苛まれて苦しんでいる。

「今はもう冷静になれたから、あいつに悪い事したなって思ってるけど…謝りに行き辛くて」

「………そっか」

「うん。だから今どうしようかなって悩んでる所。あいつ謝っても許してくれそうにないしどうしようかなあって。…どうすればいいと思う?」

為三郎は縋る様な眼差しで沖田を見ている。

しかし沖田とて恋愛経験がある訳ではないので、聞かれても助言が出来る訳ではない。

困った沖田だが、その時ふと千鶴の事が脳裏をよぎった。

彼女と自分が喧嘩したらどうやって仲直りをするか。

どうすると彼女が喜んでくれるのか。

それを考えた時、沖田はすっと答えを口から出していた。

「そういう時は何か贈り物…そうだなあ綺麗な花とか金平糖とかを持っていって“ごめんね”って謝れば良いと思うよ。彼女も真剣で謝れば絶対に許してくれるよ。だって彼女は君の事が好きで、君も彼女の事が好き…なんだか…ら…」

最後まで答えを口に出した時、沖田はふと引っかかりを覚えた。

今言ったのは自分と千鶴の仲直り方法。

これは自分と千鶴が普段行っている事をただ口に出したに過ぎない。

でもこの事は喧嘩真っ最中の為三郎と彼女との事にも当てはまる。

そして今のこの状況も似ているのではないか…?

自分は決して彼女の事が嫌いではない。

沖田にとって嫌いではない、と言うのは“好き”と同じ事。

好きだから構ってしまうし、時に虐めたくなってしまう。

誰かと話していると気になるし、邪魔をしたくなる(そして実際に邪魔をしに行く)。



(……あれ?)



沖田は思った。

自分のこの行動は今の為三郎と同じではないのか、と。

だが自分の気持ちに疎い沖田はまだ自分のこの感情につける名前が分からない。

沖田は自分の気持ちが分からず困惑した。

そんな沖田を他所に、為三郎が少し悩んだ末「うん、決めた」と言って立ちあがった。

「…為三郎?」

「総司兄ちゃんありがとう。兄ちゃんの助言のお陰でやっと決心がついたよ!俺あいつとこのまま喧嘩別れなんて嫌だから謝ってくる。家の庭にあいつの好きそうな綺麗な花が沢山咲いてたからそれ持ってあいつの所に行って来るよ!」

「…そっか。頑張ってね、為三郎」

「うん!総司兄ちゃんありがとう!!」

為三郎はそう言って笑うと、沖田にばいばいと手を振った。

そして膳は急げ、と言わんばかりに沖田に背を向け走り出そうとした。

そんな為三郎に沖田は慌てて声を掛けた。

沖田に超難問を残して、自分だけすっきりして去って行かれてはたまらない。

自分でも持て余すこの気持ちの答えを知りたくて、沖田は恋の先輩(為三郎)に問いかけた。随分年下の子どもに聞く話ではないかもしれないが、屯所の人間に聞くよりましだ。

「ねえ、為三郎」

「何?」

「ある一人の女の子がいたとして、その子の事が自分は嫌いじゃなかったとする。その子が自分を見てくれないと嫌で、他人と話してるのが嫌。その子を構って…時には虐めたりしちゃう。これはどう思う?」

自分で言っていて何となく分かってきた気がする。

頭で考えているだけよりも、実際に口に出した方が分かりやすかった。

しかし最後の一押しが足りない。

剣に生き近藤の為に死ぬ決意を持つ沖田にとって、この感情は中々認めがたいものなのだ。

だがそんな沖田に為三郎はきっぱりと告げた。

「その人は俺と同じじゃん。相手の事が大好きだからそんな事しちゃうんだよ。その人は相手に“恋”してるんじゃないの?」

「そう、か…」

「多分だけどね。…ていうか俺もう行っても良い?」

「うん。ありがと。彼女と仲良くね」

「結果はまた報告するから楽しみにしといてよ!」

為三郎はそう言うと、今度こそ走り去ってしまった。

その後ろ姿を見ながら沖田は呆然と呟く。



「そうか…僕は千鶴ちゃんの事が………」





沖田は一旦言葉を切った。

そして一言一言…自分の思いを噛み締める様に呟き、胸をぎゅっと押さえた。

自分の千鶴に対するもやもやした感情も、胸の痛みも、松本先生の言葉の意味も全てが一本につながった。



そう…

自分は雪村千鶴の事が………







「すき……なんだ」







小さな声で囁かれたその言葉は、沖田の胸にすとんと落ちた。

この日、沖田は恋する事の痛みを知った。



―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


【あとがき】



恋の痛みって甘酸っぱそうだなあと。

恋を自覚した後の沖田さんは凄そうです。

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