薄桜鬼(沖千)

□ただ、偶然かもしれなかったあの瞬間
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薫と綱道さんとの戦いが終わり、千鶴と2人で雪村の里に移り住んで数年後。

沖田は押入れの中に懐かしいものを発見した。



「これは…」

沖田は発見したそれをそっと手に取った。

押入れの奥の方に大切にしまってあったそれは一つの髪紐。

千鶴は新選組に居た頃から髪紐を沢山持っていた。

沖田が贈ったのは勿論だが、沖田の知らぬ間に他の幹部たちも千鶴に贈っていたらしい。

年頃の少女がお洒落も出来ずに男装のまま屯所に閉じ込められていたのだ。

少しでも気晴らしになればと皆が買って来ては千鶴に贈っていた。

沖田としては自分以外の誰かが千鶴に贈り物をするという行為は気に入らないが、それを千鶴は大層喜んでいたので沖田も渋々ながら皆の行為を許容していたのだ。

今でも彼らが贈った髪紐は千鶴の小物入れの中に、大切にしまってある。

しかし沖田が今手にしているものはそのどれとも違った。



これは沖田にとってとても思い出深い髪紐…。



千鶴に初めて出会ったあの時、彼女がしていた髪紐だ。

この髪紐を見たのは千鶴が新選組に来て、2,3ヶ月の間だけだった。

それ以降は幹部から贈られたものをつけていたので、もうこの髪紐は捨ててしまっているものだと思っていた。

だが髪紐は今沖田の手の中にある。

少しくたびれてはいるが、丁寧に保管してあったようで今でもまだ使うことが出来そうだ。

沖田は優しく掌で包み込むようにそっと髪紐を握り締めた。

「……懐かしいな」

最初は運の無い子だなあ、位にしか思っていなかった子なのに、いつの間にか興味が沸き、そして今では誰よりも…何よりも大切な女性だ。





出会いは本当に偶然だった。



たまたま新撰組の隊士が逃げ出し、幹部がそれを追った。

そして僕と一君、土方さんが隊士を見つけ、襲われていた千鶴をたまたま助け、成り行きで千鶴が新選組預かりになった。



あの日、あの瞬間…

沢山の偶然が重なって出会うことが出来た僕達。

あの日の出会いが無ければ今ここで、こんなに穏やかな生活を送る事など到底出来なかった。

羅刹となり狂気に呑まれ、きっと血に狂う化け物になって死んでいただろう。

千鶴と出会うことが出来たのは本当に奇跡のようなものだ。



沖田は髪紐を握り締めていた手をそっと開いた。

何だか無性に千鶴をこの腕に抱きしめたかった。

思い立ったら即行動。

沖田は千鶴の元に行こうと、髪紐を元の場所に戻そうと手を伸ばした。

だがその瞬間沖田の背後から聞きなれた声が響いた。

「あれ、総司さん?こんな所でどうしたんですか?」

「千鶴……」

今まさに会いに行こうとしていた存在が自ら沖田の元に現れた。

そのことに沖田は驚き、そして次の瞬間嬉しそうに笑った。

自分の思いが口に出さずとも千鶴に伝わったようでとても嬉しかった。

「おいで、千鶴」

「…?」

手招きする沖田に首を傾げながらも、素直に近寄ってきた千鶴。

沖田は千鶴が手の届くところまで来るのを待って、千鶴の手を取り自分の下に引き寄せた。そして胡坐をかいた自分の膝の上に千鶴を乗せると満足げに頷く。

「うん」

「あ、あの…総司さん?」

突然引き寄せられていきなり抱きしめられた千鶴は、状況が掴めず沖田の顔をまじまじと見つめてくる。

沖田は千鶴に笑みを返しつつ、手に持ったままだった髪紐を千鶴の前に差し出した。

千鶴はそれを見て少々驚いたようだった。

「…それ」

「今見つけたんだ。これ、まだ持ってたんだね」

「総司さん、それが何か覚えてるんですか?」

「勿論。千鶴が最初に屯所に来た時につけていた髪紐でしょう?」

沖田の言葉に千鶴は驚きに目を見開いた。

まさか覚えているとは夢にも思っていなかったようだ。

「私これは屯所で数回しかつけた事無かったんですけど…。総司さんよく覚えてらっしゃいますね」

「勿論。千鶴の事なら大抵の事は覚えてるよ。千鶴が初めて寝坊した日の様子とかうっかり土方さんの湯のみ割った時の事とか…」

「そ、そこら辺の事は忘れて頂けると助かります」

沖田の暴露話に千鶴は恥ずかしそうに俯いた。

他にも沖田は色々な千鶴の失敗談を知っている。

伊達に長い間一緒に居たわけではないのだ。

だがここでこれ以上千鶴の失敗談を話すと、千鶴が拗ねて暫く相手をしてくれなくなる可能性があるので沖田はこれ以上はやめておいた。

いじめっ子は引き時もわきまえているものなのである。

沖田は慰めるように千鶴の頭を撫ぜた。

「まあそれはともかく、千鶴がこれを取っておいたなんて知らなかったな。もう捨ててると思ってたよ」

「……皆さんと…総司さんと初めてお会いした時に付けていた髪紐だったので何だか思い出深くて捨てられなくて」

未だに俯いたまま小さく呟かれた千鶴の告白に、沖田は思わず千鶴の頭を撫ぜていたその手の動きを止めた。

思ってもいない理由だった。

物を大切にする千鶴だから勿体無くて捨てることが出来なかっただけかと思っていた。だが実際は沖田との思い出の品だから捨てられなかった、と……。

沖田は千鶴の告白に自身の頬が自然と緩んでいくのを感じた。

こんな可愛く愛しい生き物を沖田は今まで見たことが無かった。

凄く……嬉しい。

だが千鶴は沖田から何の反応も無い事に、別方向に勘違いしたらしい。

変な事を言って呆れられたと思ったようだ。

恥ずかしそうに耳まで真っ赤に染め、俯いたまま顔を両手で覆った。

「す、すみません…こんな理由、は、恥ずかしすぎます…よね。忘れてください!」

「ご、ごめん。恥ずかしいだなんて思わないよ。思うわけが無い。ただ…千鶴が可愛すぎてどうしていいか分からなかっただけだよ…」

沖田は千鶴をぎゅっと、力強く抱きしめた。

そして沖田は俯いたままの千鶴の顔を上げさせた。

「そ、総司さん?」

「大好きだよ、千鶴…」

沖田は自分を見つめてくる千鶴の唇に自身の唇を重ねた。

最初は突然の口付けに驚いていた千鶴だが、すぐに目を瞑り沖田の口付けに応えてくれる。



昨日よりも今日、今日よりも明日。

どんどん千鶴が好きになっていく。

愛しいと思う気持ちに際限がない事を沖田は千鶴と出会って初めて知った。



「千鶴、僕と出会ってくれてありがとう」



ただ偶然かもしれなかったあの瞬間、千鶴と出会えた奇跡のような運命に感謝した。



―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


【あとがき】

人と人との出会いは奇跡のようなものだと思います。


次ページは後日談です。
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