薄桜鬼(沖千)

□すいかわり
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夏の風物詩と言われて思い浮かぶものは沢山ある。

花火に海に浴衣、蝉やカブトムシにかき氷やアイス…そして忘れてはいけないスイカ。

熱い夏に適温に冷えた甘いスイカを食べるのはまさに至福の時。

皆で種を飛ばしあっても楽しく、食べてもおいしい…まさにスイカは1個で2度おいしいと言う素晴らしい食べ物である。



「ねえ皆、今日はもう稽古終わりにしてスイカ食べない?」

そう言いながら沖田が近藤道場に現れたのは丁度3時ごろ。おやつ時だった。

熱気が籠もる武道場で稽古をしていた皆は沖田の申し出に速攻で喰いついた。

「食べる食べる!」

「お、良いな。総司にしては気がきくじゃねえか」

「スイカかあ。うまそうだな!」

「流石に集中力も切れて来たので、丁度良いと思うのですが如何でしょうか土方先生」

「ここでまで先生呼びはやめろって斎藤。まあでもそうだな…良い時間だし休憩するか」

総監督である土方の許可(平助・原田・永倉は勝手に沖田の元に向かったが)も出たので、武道場で稽古をしていた面々は揃って沖田の後をついて行く。

暑い夏の盛り、汗だくで稽古に励むにはもうそろそろ厳しくなってきたので丁度良かった。



だが皆は沖田に着いて行った先で驚きの光景を目にする事になる。

沖田の先導に着いて行った先の庭には何故かビニールシートが大きく広げてあり、その中心に大きなスイカがごろごろと並べてあったのだ。





  *  *  *



「おい、なんだこれは」

「あ、土方先生達!稽古お疲れさまでした。これはですね、どうせ食べるなら楽しく食べた方が良いって、近藤さんが提案してくれたんです」

土方の疑問に、庭でお茶の用意をしていた千鶴がにこやかに答えた。

そんな千鶴にスイカを更に運び込んできた近藤が同意する。

「うちの畑ですいかがたくさん取れてなあ。皆におすそわけだ」

「それは良いが何でスイカ割り…普通に食べれば良いじゃねえか」

「そう固い事を言うな、歳。たまには童心に返るのもよかろう。夜はここでバーベキューもやるし、皆で楽しもうではないか」

近藤はそう言うとにこやかに笑って土方の肩を叩いた。

「…ったく、しょーがねえなあ」

土方はそんな近藤に苦笑すると、置いてあった椅子に腰かけた。

土方なりの了承の証である。

近藤はそんな土方の様子に満足げに微笑むと、残りの皆を振り返った。

「では、スイカ割り大会始めるぞ!」



近藤の号令と共に開始されたスイカ割り大会。

だが、このくせのあるメンバーが揃った状態で問題が起きない筈もない…。

皆何かしらの問題を起こしていった。

最初にスイカを割ったのは斎藤。

斎藤は、皆の「こっちだ」「あっちだ」と言う言葉を一切聞かず、自分の勘を頼りにまっすぐ直進し、スイカに向かって容赦なく居合を放った。

当然スイカが斎藤の技に耐えられる筈もなく吹っ飛び、庭にあった灯篭にぶつかり粉々になった。斎藤は粉々になったスイカを見て呆然としていた。

そして次にスイカ割りに挑戦したのは平助だ。

平助は斎藤の失敗を踏まえ自分の勘を頼りスイカに向かって歩き、スイカに向かって木刀を振り下ろしたが失敗。挙句スイカを踏み滑って塀に激突した。



剣道部エリート達の度重なるアホな失敗っぷりに土方の米神がぴくりと動いた。

土方的には失敗を繰り広げる二人も気に入らないが、食べものを粗末にしているのも気に入らない。土方の我慢はもう少しで限界値を突破しそうである。



そしてそんな空気を察知した沖田は、にやりと笑って最終兵器を投入した。

剣道部の癒し的存在、雪村千鶴を。

「じゃあ次は千鶴ちゃんやってみない?」

「え?私が…ですか?」

まさか自分に白羽の矢が立つとは思っていなかった千鶴は、きょとんとした顔で沖田を見つめた。

「うん。僕がちゃんと誘導するから大丈夫。僕と千鶴ちゃんの二人三脚でスイカを割ろうよ。斎藤君と平助の失敗も挽回しないといけないしね」

「……」

千鶴は粉々になったスイカを見つめ落ち込んでいる斎藤と、スイカを足にひっつけながら頭を押さえ蹲る平助を見た。そして二人の痛々しい姿(自業自得である)に千鶴は決意し、すくっと立ちあがった。

「皆さんの為にも頑張らせて頂きます!」

「うん。それでこそ千鶴ちゃんだ。二人で頑張ろうね」

沖田はそう言うとにっこり笑った。

この時、使命感に燃える千鶴は気付かなかった。

沖田が悪戯を思いついた子供の様な意地の悪い笑みを浮かべていた事に…。



その後、千鶴は何も気付かないまま目隠しをして、木刀を握りしめて歩き出した。

千鶴は使命感に燃えていた。

自分が皆の為にスイカを割るのだと。

そして千鶴は皆の声を頼りにふらふらスイカと思われる方に向かって歩いて行った。

皆が色々な事を言う中、千鶴は一番に沖田の声を頼りに歩いた。

だがそれが全ての間違いだった。

「よし、千鶴ちゃん…そのまま木刀を振り降ろして!」

「分かりました沖田先輩!」

千鶴は沖田の言葉に「えいっ」と木刀を振り上げ、勢い良く振り下ろした。

だが、千鶴の振り下ろした木刀は“ごんっ”という音と共に柔らかいモノにあたった。

地面でもスイカでもない柔らかい感触に、千鶴は首を傾げた。

「………あれ?」

「………………おい…雪村。お前俺に何か恨みでもあんのか」

「…へ?」

怒りに震える聞き覚えのある声に、千鶴は片手で慌てて目隠しを取った。

すると千鶴の持つ木刀の先には、土方の形の良い頭が…。

怒っている土方。

少し膨らんできた木刀が乗った土方の頭。

後ろで大笑いしている沖田と、顔を青褪めさせる剣道部メンバー。

この条件が導き出す答えは一つ。

千鶴はスイカではなく土方の脳天に向かい一直線に進み、そのまま木刀を振り下ろしたと…そう言う事ではないだろうか。

沖田を信じるのではなかった。

だが今更そう気付いても後の祭りである。

自分が土方に殴りかかったと言う事実は消えはしない。

千鶴は顔を蒼白にして、木刀を下げると腰を90度に曲げて凄い勢いで頭を下げた。

「ももももももも申し訳ありませんでした先生!」

「あはははははははは!最高…!千鶴ちゃん君面白すぎるよ!」

必死に謝る千鶴の後ろで沖田が腹を抱えて大笑いしている。

お願いだから黙って欲しい。

これ以上土方の怒りを増長させないで欲しい。

そう思っても目の前の土方が怖くて、千鶴は沖田に何も言う事が出来ない。

千鶴はただ怯える小動物の様に体を震わせるだけだ。

そしてそんな千鶴の肩を、土方は優しく叩いた。

「頭を上げろ、雪村。お前が悪いんじゃねえって事は分かってるよ」

「…土方先生」

「諸悪の根源は総司だろう。…………もう我慢の限界だ」

土方は低い声でそう呟くと千鶴の手から木刀を奪い取った。

そして木刀を隙なく構え姿勢を低くすると凄いスピードで地を蹴った。

「総司!今度という今度はもう許さねえ!覚悟しやがれ!」

「嫌だなあ土方さん丸腰の相手に木刀で襲い掛かるなんて教師のする事じゃないですよ」

「先に雪村使って俺に喧嘩売って来たのはどっちだ!」

「あはは。避けられない土方さんが悪いんじゃないですか?」

「うるせえよ!」

木刀を振り回し沖田を追いかける土方に、楽しそうに逃げる沖田。



剣道部のいつもの光景ではあるが、巻き込まれる周囲はたまったものではない。

千鶴はぎゃあぎゃあと騒ぎ暴れる二人を見ながら、ため息を吐いてその場にしゃがみ込む。



そしてそんな千鶴の前に、突如皿に載った切られたスイカが差し出された。

驚いて顔を上げると、スイカを持ち苦笑いを浮かべる原田がいた。

その向こうではテーブルの上に切られたスイカが並べられており、永倉が両手に沢山スイカを持ち美味しそうに食べている。いつの間に切ったのだろう。

と言うか切ったスイカがあるなら自分達がスイカ割りをする必要はなかったのではないのかと思ってしまう。そんな千鶴に原田が申し訳なさそうに謝罪した。

「あの二人の喧嘩に巻き込んじまって悪かったな千鶴。詫びって訳じゃねえんだが、あの二人は放っておいて一緒にスイカ食べねえか?」

「……頂きます」

千鶴は原田からスイカを貰うと、やけくその様にスイカに齧り付いた。



剣道部の夏は毎日こうして賑やかに過ぎていくのである…。







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【あとがき】

H23.8.21インテで配布したペーパーの再録になります。

ネタが夏休みなので、早めにあげないとヤバい!と思い、夏休み中のUPです。

私はしたことないのですが、いつかスイカ割りがしてみたいです!

…その前に水着買わなきゃですけども…。

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