薄桜鬼(沖千)

□千鶴の指定席
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夕食時の千鶴の席は原田と永倉の間。

それは千鶴が初めて皆と夕食を食べた時から変わらぬ場所だった。

…が、だが突如その定位置は某幹部隊士のお陰で変わる事になってしまった…。





*  *  *



「あれ?」

その日いつもの様に夕餉の支度を済ませ、皆を呼びに行った千鶴。

だが皆を呼び終わった後広間に向かうと何故か自分の席がなかった。

きちんと配膳を済ませた筈なのに、原田と永倉の席の間に自分用の小盛のご飯が乗った膳がない。

おかしいと思い辺りをきょろきょろ見回すと何故か沖田の座る席の隣に、座布団が無い状態でご飯だけ置いてある。

自分が配膳した時はいつも通りの配置にした筈なのに、何故か膳が移動している。

(なんでだろう?)

千鶴は勝手に移動した膳を不思議に感じつつ、元の位置に戻すべく自分の膳に手を掛けた。

だがそんな千鶴の背後から楽しそうな声が掛った。

「あれ、千鶴ちゃんもう来たんだ?早いね」

「沖田さん…」

千鶴が振り向いた先にいたのは沖田だった。

千鶴は沖田の姿を認めると慌てて駆け寄った。

「沖田さん、包帯を巻かなくても大丈夫なんですか?」

「平気。あれ位で包帯巻くなんて大げさすぎるよ」

「でも……」

申し訳なさそうに俯き謝罪する千鶴に、沖田は苦笑した。

今日千鶴が石に躓いて転ぶ所を庇い、沖田は腕を捻り少々痛めてしまったのだ。沖田が突然千鶴の脇を突いたのがそもそもの原因ではあるが、怪我を負わせたのは千鶴だ。

2,3日もすれば治るものだが、それでも剣を握る人の命ともいえる腕を負傷させる原因になってしまった千鶴の落ち込みようは凄かったのだ。

「別に気にしないで良いって言ってるのに」

「それでも気になります」

存外に頑固な千鶴の態度に沖田は仕方ないね、と肩を竦めると千鶴の頭をぽんぽん叩いた。

「まあそこまで言うなら色々と手伝ってよ」

「勿論です!」

勢い良く頷いた千鶴に沖田がにやりと…意地悪な笑みを浮かべた。

だが千鶴はそれに気付く事はなく、「私にできる事なら何でも言いつけてくださいね」と言って微笑んでいる。

沖田の邪悪ともいえる笑みと比べると天使の様に清らかな笑みである。

そして沖田はそんな千鶴にふと思いついた様に尋ねた。

「そういえば千鶴ちゃん今何しようとしてたの?」

「きちんと配膳した筈の膳が何故か移動していたので元に戻そうと思っていたんです。すぐに元に戻しますので…」

「ああそれは戻さなくて良いよ。そこに置いたの僕だから」

「…へ?」

沖田の言葉に千鶴はぽかんと口を開けて首を傾げた。

「あの…何でそんな事されたのですか?」

「ん?今千鶴ちゃんも言ったじゃない。僕は今腕を負傷しているからご飯が食べ辛いんだよね」

「はあ」

「だから千鶴ちゃんに食べるのを手伝って貰おうと思って」

…結構重い膳を移動させる事が出来るなら普通にご飯も食べられるのではないかと思うが、確かに沖田の言うとおり腕を負傷した人間は自身で食事をとる事は困難である。

千鶴は医師である父の手伝いもしていたので、食事介助をした事もありこの時は何も疑問に思わず手伝いをする事を了承した。



だがこれが間違いの始まりだった……。



沖田の食事介助を請け負った千鶴は沖田にとりあえず席に座っていて貰うよう言い置くと、お櫃やら細々としたまだ準備していなかった物を取りに行った。

そうこうする内に残りの幹部達も集まり、皆がお櫃を取りに行った千鶴を待っていた時ふいに原田と永倉が騒ぎ始めた。

「なあ、千鶴ちゃんの席がないみたいだけど何かあったのか?」

「さっき呼びに来た時には何も言ってなかったが…千鶴調子悪いのか?」

原田と永倉の声を皮切りに室内に居た幹部がざわざわと騒ぎ出した。

皆千鶴の事を好ましく思っている輩ばかりなので、千鶴の事となると平静でいられないのだ。

そんな中一人にやにやと楽しそうにする男が一人。

勿論全ての真相を知っている沖田総司だ。

その事に隣に座っている斎藤が気付かない筈がない。

それに先程までは気にしていなかったが何故か小食な筈の沖田の前に並んだ二つの膳。不自然過ぎる。

「おい、総司……お前の席に何故膳が二つ並んでいるのだ」

「ん?これは千鶴ちゃんの分だよ」

「「「「「は?」」」」」

「今日から暫く千鶴ちゃんは僕の所でご飯食べるからよろしく」

「「「「「何だって!!!?」」」」」

沖田の発言を聞いた面々は揃って信じられないと言った風に叫ぶと思わず立ち上がった。

そして沖田に詰め寄ろうとしたが、その前に千鶴が慌ててお櫃を抱えて「遅れてすみません」と言いながら部屋に入って来てしまった。

皆は今にも斬りかからんばかりの殺気だった様子を必死に隠し、引きつった笑みを浮かべながら千鶴に極力平静を装いながら問いかけた。

「な、なあ千鶴。今日は総司の所で食べるって本当…か?」

「うん。今日から暫くは私が沖田さんのお手伝いをさせて貰う事になったの」

「何でそんな事になってんだ!おいこら総司!こいつになに吹き込みやがった!」

千鶴の言葉に土方が沖田に詰め寄った。

だが、それに沖田が反発する前に千鶴が土方の前に立ち塞がった。

「ひ、土方さん!沖田さんは悪くないんです…今回の事は全て私が悪いんです!」

いつも大人しい千鶴の予想外の行動に幹部達は目を丸くした。

千鶴が土方に意見する所なんて初めて見た。

「………お前が悪いとは一体どう言う事だ」

「それは……」

千鶴は土方の問いに答えるべく怒られる事を覚悟の上で事件のあらましを説明し、自分が沖田を怪我させてしまった事を話していく。

だが予想に反し千鶴が怒られる事はなく、逆に幹部達の沖田に向ける視線が険しくなっていく。

千鶴の話を聞き、幹部達は状況を正しく判断したのだ。

千鶴は言わなかったが大方沖田が千鶴に無駄なちょっかいを掛けた事により、千鶴が驚いて転んだんだろう。

千鶴はお世辞にも運動神経が良いとは言えないが、慣れた場所で転ぶほど鈍い訳でもないのだ。

沖田を除く幹部の面々は千鶴の話を聞き、口を揃えて言った。

「「「「「総司が全面的に悪いからお前は気にするな」」」」」」

「え…?」

「皆酷いなー。僕が怪我をしたのは事実なのに」

「どうせお前がこいつに変な事しようとしやがったんだろう。自業自得だ」

「部下の言葉を疑うなんて上司としてどうかと思いますよ、土方さん」

「うるせー!常日頃のお前の行動見てれば大体の予想はつくんだよ」

「だとしても今は千鶴ちゃんの報告を疑ってるんじゃないですか」

「千鶴が正直にお前が悪いって言える訳ねーだろうが!」

ぎゃーぎゃーと言い争いをする沖田と土方。

そんな二人の間に挟まれた千鶴はたまったものではない。

おろおろする千鶴だったが、暫くして覚悟を決めた様に声を張り上げた。

このままではご飯がいつまで経っても食べられない。

「お二人とも落ち着いてください!」

「ああ?俺は落ち着いてるぜ」

「嫌だなーそれのどこが落ち着いてるんですか?額に青筋たってますよ」

「誰の所為だと思ってやがる!」

「だから落ち着いてくださいってば!」

千鶴の制止も聞かず再度言い争い、胸倉を掴みかかろうとする二人に千鶴は自分でも気付かないうちにじわりと涙が浮かんできた。

自分が沖田に怪我をさせた事が原因で、二人が言い争うなんて…二人に対して申し訳なさ過ぎる。

自分がもっとしっかりしていればと、自分の情けなさを嘆き始めた千鶴。

だがそんな千鶴に気付いた二人は俄に慌て始めた。

「お、おい千鶴…」

「千鶴ちゃん、何で泣いてるのさ?」

「泣いてませ…ん」

「泣いてるよ…ほら」

沖田は千鶴と目線を合わせる様に屈むと、千鶴の目尻に浮かんだ涙を掬った。

だが千鶴はそれを認めようとせず、泣いていません、と繰り返すばかり。

そんな千鶴の様子に周りにいた幹部連中から沖田達に対する非難や罵倒が飛んでくる。

そちらに関しては沖田も土方も完全無視だが、目の前で小さく涙を流す少女は無視できない。

「…仕方ねえか」

土方は二人の様子を見て諦めた様にため息をついた。

「おい、千鶴、悪いが総司の食事介助に暫くついてやってくれるか?でかい図体して一人で食べれないとかぬかしやがる甘えたがりの世話は大変だろうがよろしく頼む」

「ちょっと土方さんその言い方には悪意を感じるんですけど」

「悪意しかこめてねーからな。千鶴から食事介助してもらえるんだ。それくらい甘んじて受けとけ」

「………まあ仕方ないから納得しておいてあげますよ」

「次はないからな」

土方はそう言い捨てるときょとんとしている千鶴の頭をぐしゃりと一度撫ぜて、そのまま自分の席にあっさりと戻って行った。



そして土方が成り行きを見守っていた幹部達を急かし、夕食が始まった。

先程まで沖田と喧嘩していた土方の豹変っぷりに首を傾げる千鶴だったが、傍でくすくす笑う声を聞き我に返った。

「………沖田さん。あの、これは一体どういう…?」

「土方さんが千鶴ちゃんの食事介助許可してくれるって」

「は、はあ?」

「ほら、ぼーっとしてないで早くご飯食べようよ。折角のご飯が冷めちゃう。味噌汁とか冷めちゃったら僕食べないよ?」

「…っはい!」

何だかよく分からないが、喧嘩を止めてくれたのなら良かった。

深く踏み込むと自分の身を滅ぼすので、何事も深入りしない様にするのが新選組の中で生きていくこつである。

千鶴は“まあ良いか”と自分を納得させ、沖田の要望に従って膳の前に腰掛けた沖田の隣に座ると箸を手に取った。

だが沖田はそんな千鶴の行動が気に入らなかったのか、眉間に皺を寄せて「違うよ」と不満げに言うと自分の胡坐を組んだ膝を指差した。



「千鶴ちゃんの座る場所はこ・こ」



「は?」

「だから、食事介助するなら隣じゃなくて膝の上でしょう?」

「そそそそそそんな介助方法聞いた事がありません!」

「他の地域がどうだったか知らないけど、僕の家は食事を食べさせる時は膝の上に乗せてだったんだよ。だからその方法以外だったら食べたくない」

「えええええ!?」

頑として譲りそうもない沖田に千鶴は焦る。

膝の上に座って“はい、あーん”だなんて恥ずかしすぎる。

しかし自分が沖田に怪我を負わせてしまった手前断るわけには……。

悶々と悩む千鶴だったが、結論を出す前に色々な所から助け船が出た。

「総司!てめー黙って聞いてればある事無い事でたらめばっか言いやがって!」

「千鶴、総司の言う事なんて聞く事ねーからな」

「………千鶴に対し虚言を吐くとは…許せん」

「千鶴にそんな事させるなんて羨まし…じゃなくて許せねー!」

それまで大人しくしていた幹部陣は、ゆらりと立ち上がると沖田に襲い掛かって行く。

色々と鬱憤が溜まっていたのだろう。

千鶴は斎藤によって安全圏まで避難させてもらえたので、喧嘩の余波は受ける事はない。

沖田対幹部4人という何とも酷い光景に千鶴は暫く呆然と様子を眺めていたが、はっと我に帰ると一人我関せずと言った様子で黙々と食事をする土方の元に駆け寄った。

「土方さん!あの5人を止めてください!あのままじゃ沖田さんの怪我が更に酷くなってしまいます!」

「…自業自得だ。ほっとけ」

「でも!」

「あいつらも馬鹿じゃない。適当にきりあげるだろう。まあお前がどうしても総司の膝の上に座りたいって言うんであれば止めてやらんでもないが…」

「………やっぱり良いです」

土方の提案に千鶴はあっさりと沖田を見捨てる事にした。

沖田の膝の上に座るなんて流石に恥ずかしすぎる。

あの5人のやっている事は喧嘩じゃなくてただのじゃれあいだと思えばいいのだ。

よくよくみると沖田も楽しそうに交戦しているではないか。



(申し訳ありません、沖田さん。私に沖田さんの要求はちょっと難しすぎです)

千鶴は申し訳なさそうな視線を沖田に向け、脇に避けられていた自分の分の夕食をそっと取りに行き、現在最も安全圏だと思われる土方の横で許可をとりご飯を食べ始めた。

先程は自分の情けなさにうっかり涙を流してしまったが、今はそんな思いは全く感じられない。

しかしご飯を食べ終わったら薬箱を取りに行き、じゃれあいの中で怪我をしてしまった人の手当をしよう。

千鶴はそう決めると、ご飯を急いで食べ始めた。



新選組で暮らすようになって早数年。

色々な意味で過酷な状況に精神的に鍛えられ、千鶴は日々強く逞しく生き抜く術を身につけつつあった。



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【あとがき】

沖田さんは千鶴ちゃんが膝の上でご飯を食べさせてくれて超ご満悦。

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