情熱の扱い方〜後編〜

□愛しい侵入者
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・・・・・・いない。

ワイングラスをかざしながら、カウンターの中を見てみる。

今日も、か。

見ている風景はワイングラス越しだろうがなんだろうが、当然一緒。
マスターとワイン瓶やグラス類だけ。
いや、マスターとワインを見るのが不満ってわけじゃないんだけどね。
足りないの。

シュウ君。

君だよ、君!

今日も、いないんだね。

溜め息をひとつ。

マスターから差し出された辛口スプマンテを一口含む。
馬車道のいつものバーに来ている。
7月の終わりで梅雨はあけて、本格的にあ〜っつい季節が来ている。
それなのに、私の心はちょっとだけ冷えていて、じめじめモード。
半目になっているのが分かる。

そのじめじめモードに拍車を掛けるかのように、左腕が超重い。

もうひとつ、溜め息。

「どうしたよ?ノイちゃん。それ!」

カウンター内にいるマスターが、私の左腕を指さした。
今、軽くさすったからだと思うけど、それ以前に半袖では、この変色した肌がちらちら見えてしまう。

「・・・・・・予防接種ですよ」

こんなことになるなら、親に言われた時にさっさと受けるべきだった。
夏以外ならバレなかったのに。

「予防接種?インフルの時期じゃないよね。何打ったの?」
「・・・・・・え〜っと」
「どこか、長期でヤバイとこ行くの?海外出張?」
「いえ・・・・・・、まあ・・・・・・」
「そうか〜、海外出張か、大変だね!」
「・・・・・・」
「この間のお客さんなんてね、中国3ヶ月出張で、A型B型肝炎と狂牛病の予防接種やるとか言ってたよ。」
「・・・・・・ん?それ、狂犬病じゃないですか?」
「狂牛病じゃないの?そりゃそうか。ははは・・・・・・」
「・・・・・・マスター、絶好調ですね。」
「いや〜、ははは。ああ、そうそう。梅、好物だったよね?梅ゼリー試食しない?自信作なんだよ。」
「食べます!」
「ちょっと待ってて!」

マスターはカウンター奥のドアを開けて、行ってしまった。

良かった。
それ以上つっこまれたら、どうしようかと思った。
マスターは、私がやばいところに長期の海外出張に行くと思い込んだわね。

海外出張なんてしないわよ、私。
私が打ったのは、風疹のワクチン。
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