情熱の番外編
□渾身のイヴ×イヴ
1ページ/8ページ
やばいやばいやばいやばい!
間に合わない!
なんとかなると思ったけど、仕上げた自信がない。
明日が本番なのに!
『ちょっと、深夜ミサ、弾いてみない?』
パイプオルガンの先生から、横浜で12月24日の深夜ミサを担当しないか、という、すごくありがたいお誘いが来た。
その教会専属のオルガニストに何か事情があったようで、イヴからクリスマスの一連の礼拝を他の人に頼まなければいけなくなったらしい。
ちょっと弾いてみるような気軽なものでもない気がするけど、大学生最後の年の思い出に、と思って気合を入れてオーケーした。
担当する深夜礼拝は、直前のイヴ礼拝と翌日のクリスマス礼拝に比べたら小さい普通の礼拝だから、集中すればなんとかなるかな、と。
聖歌も弾いたことがある曲だけだし。
でも甘かった。
まさかクワイア(聖歌隊)がいて、聖歌以外の諸々もオルガン付きとは聞いていなかった。
教会の規模も比較的大きいし。
問題はまだある。
楽器そのものもヤバイ。
パイプオルガンは一つ一つがオリジナル。
制作者によって、会場によって、全く違う代物になってしまうくらい統一感のない楽器。
ここのは繊細すぎて、ちょっとかすっただけですぐに音が鳴る。
ペダルの幅も狭くて、失敗すると音を2つ鳴らしかねない。
ストップが少な目だからどんな音を出すか、すぐに決まったのがせめてもの救い。
ただしその分、温度や湿度でパイプが狂い出したら、怖いかも。
不安で仕方なかったから、教会側を拝み倒して、今日23日の夜に3時間の練習時間を頂戴した。
今、教会の最寄駅に着いたところ。
さっさと行って集中しなきゃ・・・・・・
ゴン!!
「!」
人にぶつかった。
改札は混んでいて、人を避けたつもりだったのに、避け切れず。
顔から体当たりしてしまった。
私が悪いわけじゃないと思いながら、とりあえず謝る。
「すみません。」
黒地に金ボタンの服。
私が体当たりした相手は学ランを着た生徒だった。
「おねぇさん!」
「?」
学ランの子を仰ぎ見る。
長身で端正な顔立ちの子。
見たことある?どころの話ではない。
「あ、シュウ君?」