素晴らしき頂き物

□例え世界の全てがお前を拒絶しても
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空気が動いた。おそらく、外に出ていた隼人が戻って来たのだろう。玄関を静かに閉める音とツナを呼ぶ声がして、本棚に片付けていた本を持ったまま、彼に会いに行った。
 行って、驚いた。隼人が珍しく誰かを連れて来たから。人間不審で、自分達以外と馴れ合う事を何よりも嫌う隼人が。
 連れて来た少年は胸から赤い花を咲かせていた。命が危ない、わけではないが、少なくともかなりの大怪我だった。
 急いで治療に取り掛かる。と言っても、ツナ自身はあまり詳しくないのでジョットを呼んだ。ジョットがてきぱきと応急措置をしてくれたので、何とか傷が化膿せずに済んだ。

「しかし酷い傷だな……一体どうしてこんなに……」

 ジョットがそう呟いた。彼の言う通り、隼人が連れてきた少年は胸以外にも斑に赤い花を散らしていた。手足は折れ、手首には幾つものリストカットの痕があり、右目は既に無く、あちこちに痣や殴り傷が目立っていた。

「何か……迫害されたみたいだな……」
「迫害って……魔女狩りじゃあるまいし」

 ツナがそう言って少年の頭を撫でた。優しく、労るように。しかし何を感じ取ったのか、すぐに手を引っ込めた。
 パキ、と空気が凍り付いた。辺りの温度が急激に低くなり、背筋に悪寒が走る。
 少年は起きていた。唯一残った深い紫の瞳を三人に向け、殺意を全身から放出して。湯気が立っていた筈のお茶が急速に凍り付いた。

「―――――俺に―――――――触るな」

 戦意の無い、沈着した声だった。生気が無い。まるで台本でも棒読みしているかのようだった。
 少年の周りの空気が更に凍る。このままでは、空気が絶対零度を越えて周りの物が粉々に砕けてしまう。

「……乱暴はしたくないのだが……致したかない」

 ジョットがそう言って湯飲みを手に取った。少年も臨戦態勢を取る。パキ、と手の中で氷が発生した。隼人が其れを見て呟く。

「凍結能力だ」

 ジョットが頷いた。少年は一瞬驚いたように目を見開き、手の中に収まった大きな氷の珠を投げつけた。そのスピードはプロ野球並に早く、かつ的確で、

「うわっと!!」

 ジョットの頭の上を珠が掠めた。珠は壁にぶつかり、しかし割れずに床に転がった。窓から僅かに降り注ぐ光に反射されて、キラキラと光っていた。
 ジョットが湯飲みを投げつけた。投げつけた、と言うよりは、上に投げただけなのだが。湯飲みは宙に舞い、一瞬にして無数の針になった。針は的確に少年の服に突き刺さった。
 針を取ろうとする少年に、ジョットは言った。

「手荒な真似はしたくないんだ。頼むから、落ち着いてくれ」
「五月蝿いっ……お前達も柏木の手先なんだろ!!」

 少年の言葉に三人が顔を見合わせた。柏木とは一体誰の事なのだろうか。

「オレ達は柏木とか言う奴なんか知らないよ」
「嘘だ!!」
「嘘じゃないよ。なんなら、今ネット使ってオレ達の戸籍調べても良いけど」

 そう言うツナを、少年は見た。虚ろな紫の中に、疑問と困惑が渦巻いていた。
 少年の動きが止まり、針がパラパラと落ちた。床にぶつかり、一瞬にして粉々に砕け散る。

「……、じゃあ此所は……?何でこんな所に……?」
「それh「それはお前が道中で行き倒れしていたからだ」!!」

 突然、部屋の奥から人が出てきた。赤い髪を持った男が少年を一瞥し、笑った。

「ま、隼人が人助けなんて本来有り得ない筈なんだけどな」
「……俺達と同じだから」
「知ってるさ。この目で“視た”から」

 男はそう言って近付いて来た。男が近付いて来る度に空気が揺れた。まるで男の為に道でも開けるかのようだった。

「安心しろ。俺達もお前と一緒だ。ジョットの、見ただろ」
「……」

 少年は男を凝視し、俯いた。手をいじいじと玩び、不安げに四人を見る。
 男が少年の頭を撫でた。慣れた手つきで、優しく手を滑らせる。

「お前、名前は何だ?」

 男が単刀直入に聞いた。

「………山本……武」

 少年、否武がポツリとそう名乗った。男がニコリと微笑み、更に聞く。容赦がない。ないのに、この優しさは何なのだろうか。

「この怪我は誰から?」
「クラスの皆………」
「何時から?」
「二週間ぐらい前……」
「……、何故?」

 すると、武が一瞬戸惑った。紫の瞳を泳がせ、男を映す。映された男の姿は、やはり紫色だった。

「辛いなら言わなくて良い。わざわざ言う必要なんて無いから」
「…………いや……言う………」

 武がそう言って顔を上げた。読み取れない、読めない表情をしていた。


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