素晴らしき頂き物

□例え世界の全てがお前を拒絶しても
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◇◆ T ◆◇


 その日は雨だった。暗い、暗い森の中は雨はしのげられるが、湿気が高くてかなわない。特にこの季節だと、蚊がわんさかと飛んでいるから嫌だ。僅かに降り注がれる日光も意味を成さず、森の中はひっそりとしていた。たまに思い出したように鳥が鳴くが、それ以外は殆ど静寂に包まれていた。
 其所に、少年はいた。年は十代半ば程。短い黒髪に紫の瞳を持っていて、かなり精悍な顔の持ち主だった。詳しくは解らない。森の中はあまりにも暗くて、細部までは見えないのだ。ただ、服は制服を着ているのだと解った。
 少年は覚束無い足取りで歩いていた。行く宛も無く、自分が今何処にいるかも解らず。木々の葉から溢れた雨滴が、少年の周りに落ちて無機質に音を立てた。
 風が通り抜ける。少年の服がはためき、何かが少年の腕を伝って地面に落ちた。落ちたそれは地を赤く染め、雨粒に溶けて消えていった。
 と、少年が歩みを止めた。静かに天を仰ぎ、崩れ落ちる。道が舗装されていない森の中、少年はその場に倒れた。重力に逆らわず、呆気なく。
 朝なのか真夜中なのか解らない森の中、雨は降り続けた。そして不思議な事に、雨は少年の周りでパキパキとしなるような音を立てながら凍っていった。凍り付いた雨はドーム状に形を成していき、少年を覆う。
 まるで少年を護るかのように。
 ふと、誰かがやって来た。氷のドームが少年の視界を遮っているが、露出した裸足だけは辛うじて見えた。息遣いも聞こえる。一体誰なのだろう。

「…………」

 誰かは少年を見下ろしていた。赤い花が少年の内側から咲いていくのを見て、静かに氷のドームに手を置いた。


〔パリンッ……〕


 ドームは置かれた手を中心に、一気に“破壊”された。粉々になった氷が少年を避けるかのように横へと流れて行く。
 少年はもう気を失っていた。胸の内から花を赤く咲かせたまま、深い眠りに落ちていた。それなのに、睫毛の長い閉じた目から止めどなく涙が溢れていた。
 少年を労るように誰かが頭を撫でた。雨は静かに降り、服を徐々に濡らしていく。
 と、誰かは突然少年を抱き抱えた。そして、森の霧の中へ消えて行った。


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