イナゴ短編ろぐ。2

□愛の言葉が、
1ページ/1ページ





「…好き」


え?

君が小さく言った言葉には、確かな動揺が孕んでいた。


桃色の頭髪が風に靡いて、夕陽に煌めく。

君が、此方を振り向く。


頬の汗を拭いつつ、俺を見る君。

強張った表情。
俺を射抜く、大きな瞳。


なんだよそれ″


そう言いたげに歪む君の表情に、怖じ気付きそうになる自分がいた。


一心に注がれる眼差しに堪えきれなくなり、俯く。


砂で汚れた靴の端を見詰め、そして、ギュッと、目を瞑った。



ああ、

言ってしまった。

とうとう、言ってしまったのだ。



焦燥は、もはや、開き直りへと姿を変え、一度堰を切った心は、どんどん、感情の吐露を急かす。



「…俺は、霧野が好き。ずっと、ずっと、好きだった」


もう止まらない。


思わず、彼の手首を掴んでしまう。

華奢な手首。


一瞬、

霧野が腕を引きかけた。

振り払おうとしたのだろう。

だけど、その動きは途中で止まった。


距離が詰まった状態。

緊迫した空気を、ひしひしと感じる。


「しんどう…?」


怯えたように、掠れた声。


堪らず、顔を上げる。


目があった瞬間、霧野が後ずさった。


その行為に胸が抉られる。


困惑に瞳を揺らす霧野。

彼は睫毛を震わせ、数回瞬きを繰り返す。



「霧野…」




「好きって、どういう意味…?」




恐る恐る。

そう形容する以外無いほどの声色で、霧野は問う。


微かに震えた声が、

奇妙なほど響いた。



「…そのままの意味だよ」


ああ。駄目だ。

声が、揺れる。


咽に突っ掛かりながらも、なんとか言葉にしようと口を動かした。



掠れて情けない声。

俺は、本当に、

駄目だ。



込み上げてくる涙を堪えきれず、

頬に何かの伝う感覚。




「…好き、大好きなんだよ」


「…友達って、意味じゃ、ないんだ?」


霧野の言葉に、頷いた。

瞬間、霧野の表情が衝撃を受けたように固まる。


その顔に浮かぶのは、

驚愕。

愕然。


そして、




失望。



霧野の歪む瞳が、涙で潤んでいた。


「…なんだよそれ」


涙を堪えるように、霧野が歯を喰い縛った。


「意味、分かんない…」


悲痛に、苦痛に、

霧野が言葉を紡ぐ。



「俺達、ずっと、友達でいようって、いったじゃん…」



霧野、ごめん。

本当に、君を裏切ってしまった。

誓ったのに、ずっと一緒で親友だよって。


「好きとか、なんだよ…?俺たち、男同士だろ…っ!!」


泣きそうに歪む、君の顔。
だけど泣かない君。


いや、泣けない君。


胸に突き刺さった。


「好きとか言われても、どうすればいいんだよ…っ!?」


本当だよな。



『好き』

だなんて

『嫌い』

より、もっとずっと酷い。

狡猾で残酷で。




君の胸を抉って、もう、

俺は本当に、駄目だ。




「…どうして欲しいんだよ!?神童は、俺に、何を思って、そんなこと言ったの…?」


「…ただ、気持ちを、伝えたかっただけだよ」


そんなの!!


霧野が、悲鳴に近い声を上げる。


「自分勝手すぎだろ!!俺はお前にこんなこと言われて、これから、どう接すればいいんだよ!?」


本当だよ。

俺は狡い。

自分勝手だ。

伝えたかっただけ。

そんなの嘘。


俺には確実に邪な下心を持って、優しい君に詰め寄ってる。


純真無垢な顔して、君を追い詰めてる。


霧野は、強かで慈悲深い。

そんな彼の長所を、俺は愚かにも利用したのだ。

霧野は、俺の涙に弱い。


弱者に優しく、強者に厳しい彼の賞賛すべき性に、俺は漬け込んだ。



今の場合、

弱者は俺だ。


身が裂けるような切ない想いを、ぶち撒け、あげく、泣いているのだ。

涙は、弱者であるという表明に近い。


本当に泣きたいのは、霧野の方なのに。


先に俺が泣いてしまっては、霧野は泣けない。


「愛してる…」



「神童…っ」


優しい君は、きっと、俺を傷付けない方法を探してる。

当惑に崩れ落ちそうなのに、それでも俺を一番に考えて、


どうしよう。どうしよう

って真摯に考えてくれている。


「神童…、おれ…」




『神童を傷付けない最善の選択肢は?』



霧野の心は筒抜けで、

安堵する自分がいた。



最低だ。

そんなの解っている。

だけど、俺は、それでも霧野が欲しい。



「霧野…っ、ごめんっ…、好きなんだ」


もう一押し。




君はきっと、俺を拒めない。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ