イナゴ短編ろぐ。2
□親友と恋人の境目とは。
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「霧野」
君が俺を呼ぶ声は、やけに鮮明に耳に入る。
「神童、」
パアッと自然に笑顔になるのが自分でも分かる。緩む口元を必死に結び、冷静を装って振り返った。
「どうした?」
バチッと目が合う。途端、神童がなんだか決まりが悪そうに視線を反らした。
え。
なに。
ちょっとショック。
一瞬顔に出そうになった焦りを抑えつつ、神童に歩み寄った。
「…神童?」
「…ご、ごめん。えっと、やっぱなんでもない。」
なにそれ。なにそれ。俺、なんかやっちゃったかな。無意識の内に、神童に嫌われるような失態を犯してしまったのかもしれない。
暴れまわる焦燥感に心臓が刺激され、狼狽する心中を悟られまいと、必死に冷静の仮面を被る。
「…神童?」
「……」
おかしいな。沈黙が気まずい。
神童との沈黙が気まずいなんて、今までなかったのに。
なんか神童俯いてるし。
うわー、みたいな、若干、引き気味の顔してるし。
…あ!!もしかして、今日お下げの位置、ほんの少し高くしたから!?オカマキメェって感じ!?
違うんだ。神童!!オカマなのは今に始まったことじゃないじゃん!!じゃなくて、これは、今日はちょっと特別な日だから、テンション上がって…、
って言うか、一時の気の迷いっていうか。
だって、今日は…。
「…9月、3日だよな。今日。」
脳に迸る言い訳を、順序良く口に出そうと必死に整理していた俺は、神童のその言葉に半ば、呆然となる。
俯いたままの神童の顔が、淡く紅潮しているように見えるのは、気のせいだろうか。
「9時3日って、俺と、霧野の背番号の日だよな。」
「しんど」
「…それだけだ。ごめんっ」
「ちょ、神童!!…は、はやっ、神童走るのはやっ!!」
脱兎のごとく俺から逃げ出す神童をつい、条件反射で追い掛けた。神童、速すぎるだろ。試合中よりも、なんか速くね。
あ、転んだ。あんなに前のめりで、走るから…。
ふわふわ揺れる焦げ茶色の頭髪を見詰め、苦笑した。
「神童照れすぎ」
小さく呟いて、転んだ神童に駆け寄る。転んだまま動かない神童は、顔を隠すように俯せて、肩で息をしていた。
「神童、大丈夫か?」
「…」
「顔汚れるぞ」
「…」
「…俺も、今日は俺と神童の日だって、朝から思ってた。」
すると、神童が顔を上げた。顔は赤面して、瞳は涙を浮かべて。あらら。凛々しい顔が台無しだ。
「神童も、同じこと思ってたんだ。」
はは、と、神童に笑いかける。神童もつられて、ヘラッと笑んで、砂で汚れた頬を拭った。
俺の幼馴染み。
優しくて、強くて、意外に泣き虫な神童。
友達以上、恋人未満ってやつ?
一緒にいて、一番、落ち着くのは、いつだって君。
………………………
「なんで逃げたんだよ。」
「…わざわざ、あんなことだけを言うために喉乾いた霧野を呼び止めるなんて、馬鹿だな俺。って思って」
うんうん。
「冷静な霧野の顔を見たら、浮かれてる自分が恥ずかしくなって、黙っちゃって、霧野困ってるから、ささって用件言おうと思って」
ふむふむ。
「そして自分のあまりの不甲斐なさに、逃げた。」
「…細かい、自己分析、ありがとう。」
このヘタレ。
好きだ。