本日、小春日和
□第一補佐官の裏事情
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「小判ニャン、どうじゃ。特ダネは見つかったんか?」
「ダーメだ、昨今いいネタ見つからんニャ」
衆合地獄の近辺の花街。
多くのホストクラブやキャバクラで賑わう通りの茶屋で、檎と小判は団子を休憩がてら食していた。
小判は二股の尻尾を揺らしながら、隣の大男を見上げた。
「鬼灯様よぉ、ニャんかネタニャいか?わっちを助けると思って」
「特にないです」
鬼灯はにべもなくそう告げると、彼も同じように団子を貪る。
確かに、小判のようなゴシップライターに美味しい話はいくつも抱えてる。
しかし、どれも自分や周りが影響を被るようなものばかりなので、提供するなど以ての外である。
小判が胡麻を擦ってきても、彼は極力取り合わないでいた。
しかし、鬼灯の思うように行かないこともある。
「小判ニャン、八寒地獄の取材は行かんのか?」
「八寒にはもうネタ転がってニャーよ」
「それがそうでもないぞ。八寒にはお偉い地位の美人がおるって話じゃ」
“八寒にいるお偉い地位の美人”
それに反応を示したのは小判だけではなく、鬼灯も咀嚼していた動作をピタリと止めた。
彼の中には、そのキーワードに嵌る者が一人しかいない。
というか、彼女しか心当たりがないのだ。
そんな鬼灯を知らずに、小判は「へぇ」とその話に興味を持ったらしく、ネタ帳を持った。
「その話、詳しく教えてくれ」
「言うても、意外と出回ってない噂じゃから少ししか教えられんがのう。お偉いさんらしいが、仕事もせずにいろんな場所を彷徨いている美人な雪女。ハニートラップで昇進したって話じゃ」
「へぇ、こりゃ美味しそうだニャ。ん、お偉いさんってことは、鬼灯様知ってるんじゃニャいか?」
「いえ、知りません。そんなのが獄卒だったらとっくのとうにクビにしてます」
そんな信憑性のない話、記事になるんですか。
鬼灯が小判に言うと、もう少し話を他の人から聞ければ十分だと答えた。
状況が不穏になってきたところで、とんでもないトドメがきた。
「おっ、白澤の兄さん!いつもご贔屓にしてもろうて」
檎が、目の前を通りかかった人型神獣に声をかけた。
彼はこれから店に行くのだろうか、上機嫌な様子で「あぁ、どうも」と言ったかと思うと、その傍にいた鬼灯に顔を歪ませた。
「なんでいるんだよ」
「いちゃ悪いですか」
「仕事サボってんの?」
「貴方と違ってすることはしてるんですよ」
静かに火花を散らした後、白澤は「はっ」と小馬鹿にしたように息を吐き、更に詰め寄ってくる。
「ホンット、澄乃ちゃんがこんなのに汚されるなんて嘆かわしいぐぼっはぁ!?!」
ほぼ反射的に、鬼灯は立て掛けてあった金棒を白澤に投げつけた。
見事にヒットし、彼は向かいの遊郭まで吹っ飛んでいった。
しかし、もう遅い。
「………鬼灯様ぁ、澄乃ちゃんって誰ですかい?」
「………」
人の弱味を食い物にする小判の耳は、しっかりその名前を拾っていた。
鬼灯は眼下の猫又を睨み、内心舌打ちする。
よりによって、コレに知られてしまうとは。
「ここいらの遊女ですかニャ?それとも懇意にしてる一般人?」
「………」
「教えてくださいニャ〜」
このまま黙秘権を行使してもいいが、あらぬ事を週刊誌に掲載されることになるかもしれない。
そうなると、来週の見出しは『閻魔大王第一補佐官の夜の顔!』『仕事のストレスは遊女で解消!?』だろうか。
色々まずくなる。
「ほらぁ、澄乃ちゃんって」
「金魚草です」
「へぇ、金魚草………金魚草?」
口からでまかせ。
咄嗟に誤魔化したが、果たしてこれが小判を退けられるのか。
一度吐いた嘘は突き通す。
「品種改良の末に偶然出来た、寒冷地適合型の金魚草なんです。フォルムが綺麗で、見ていても飽きないですね。肌触りも良く、何より良い声で啼きますから、見てはいつもちょっかいを出してるんです」
「専門家じゃニャーから詳しくは分からんけど、金魚草に肌触りニャんてあるんですかい」
「えぇ。金魚草は滋養強壮の効果があるので白澤さんも興味があったらしいですが、私が厳重に保護してるからか、ああやって突っ掛かってくるんです」
「………金魚草かぁ」
小判はアテが外れたらしく、肩を落としネタ帳を懐に仕舞う。
四本足で去ろうとする後ろ姿に、檎は団子の串を齧りながら声をかけた。
「小判ニャン、帰るんか」
「オメェの言ってた噂を記事にするために、情報を集めてくる。まぁ、これ以上良いのがニャかったら、また別の探すさ」
「おう、頑張れのう」
檎の言葉に軽く尻尾を揺らした小判が、男女の雑踏の中に消えた━━のを見計らってか、檎は「なるほど」と串を置いて、代わりに煙管を咥えた。
「スタイルが良くて肌触りも良くて、おまけに美声とは、補佐官の兄さんも隅に置けんなぁ」
「…美しいというより、好みなだけです」
「ほう。そんで色々構うんか。何じゃ、想像しにくいの。兄さんが一人の女に骨抜きにされとるのが」
「………貴方、始めから知ってて小判さんに言いましたね」
「いやぁ、でも人伝いに聞いた話じゃから、信用できんかったぞ」
「誰からの情報ですか」
「妲己様じゃ。更に言うと、妲己様は白澤の兄さんから聞いとる」
「邪魔だなアイツ」
消すか、と鬼灯が物騒な事を言っては、「ウチの上客が一人減るから勘弁しての」と檎が茶化した。
愛嬌がある目元を細めては、煙管を吹かして笑う。
「安心しなすって。こういう商売してる身、顧客情報に関しちゃ口は固いんじゃ」
「私は貴方の店の客ではないですけどね。それに、小判さんに協力的な手前、信用できません」
「ははは。まぁ仕方ないかのう、そう言われるのは。じゃが、兄さんには恩もあるからの、仇で返すような事はせんよ」
「そうですか」
確かに鬼灯は、檎が任されたホストクラブを狐カフェにするよう提案し、そのお陰で閑古鳥が鳴いていた店は商売繁盛となったのだ。
やはり恩は売っておくものか。
鬼灯が茶を啜る横で、檎は興味深そうに追求してくる。
「んで?兄さん、彼女とはどこまで行ったん?」
「Cまで済ませましたよ」
「やっぱ肉食系ドSかの。縄とか鞭とか蝋燭とか針使うんか?」
「…勘違いしてませんか。別に私は道具を使ってまで彼女を苦しめるつもりは毛頭ないです」
「なんじゃ優しいの。労りながら愛撫もじっくりなんか」
「そういうわけでもないです。至って普通にですよ。アブノーマルな趣味は持ちあわせてません」
「お前さんは真正のSじゃから、常人がいう普通とはかけ離れとる気しかせん」
「失礼な。私のどこがSなんです」
「自覚がないから末恐ろしいわ」
檎は戯けて肩を竦めると、煙管を口から離し煙を吐き出した。その煙が“S”を象っている。
自分のどこがそんなにサディストだというのか。
よく言われるが、自分は思ったことをストレートに申しているだけなのだ。
鬼灯は澄乃との情事を振り返るが、どこにも違和感は感じられない。
「あー、じゃあ回数じゃ。どんぐらいシた?」
「身体を交えたのは一回ですが…日本自体回数は世界ワーストですから、そう不思議でも無い気がしますが」
「…なんじゃ、思ったより普通じゃの。拍子抜けしたわ」
つまらん、と檎は呟く。
同性の性事情にこうも首を突っ込む檎を理解できない鬼灯は、その言葉を聞かなかったことにして茶を飲み干す。
「それでは失礼します。仕事が溜まっていますので」
「おお、官吏は大変じゃな。ワシだったら難しい文見ると頭痛くなるからのー、感心感心」
「好きで書類整理してるわけじゃないんですけどね。仕事をせずに一夜明かしたら、いつもの何倍も山積みになってしまったんですよ」
「おー、例の彼女さんを抱いたら山積みか。そりゃホイホイと構ってやれんの」
「今度からは早めに切り上げるようにはしますよ、では」
「……ちょい待ち」
荷物を持って立ち去ろうとする鬼灯を呼び止めると、彼は「まだ何かあるのか」と言わんばかりに睨んできた。
いや、目つきのせいで睨んできたように見えただけであるが。
檎は鬼灯の言葉に違和感を感じていた。
最後に一つだけ、そう告げる。
「…早めに切り上げるって、どのくらいの時間ヤっとったんじゃ」
「好奇心が過ぎると思うんですが……」
「それだけ!」
「…私の体力が尽きた頃ですから、………朝に寝たので、8時間」
「はちっ!?!?」
ガタッ!と檎は驚きの余り立ち上がる。
周りの通行人が何事かとこちらを振り向いてきた。
鬼灯は檎の態度を怪訝に思って「声が大きいです」と諌めた。
檎は「すまん」と一言謝る。
「……兄さん、8時間は長いぞ」
「?そうなんですか。気付いたら朝になってたので…。それに酒酔いしてたので、むしろ短いかと」
「体力バカなのか、それとも欲望からなのか…或いはその両方が相成ってかの」
「よく分かりませんが、私は欲に忠実になっただけですよ。もういいですか」
「……あぁ、引き止めてスマンのう」
8時間攻められ続けた彼女が心配だ。
檎はまだ見ぬ被害者を憂い、心の中で静かに労っていた。
その心は、八寒地獄で腰を庇いながら仕事を片付ける澄乃に届いたかは知らないが。
一人になった所で、檎は想像してみた。
鬼灯がどんな顔で欲に溺れるのか。
どんな所作で恋人を愛するのか。
「……………………無理じゃ」
普段、仏頂面しか拝んでいない彼にとって、そんなことは予想だにもできなかった。
第一補佐官の裏事情
(っくしゅ!)
(澄乃様、大丈夫かあ?腰痛いだのクシャミだの、風邪引いたんじゃないかよう)
(いや、クシャミはともかく腰はそういうのじゃ…………うう、痛い)