本日、小春日和

□酩酊はお断り
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筋肉の塊ってこんなに重いのか。
いや、これは重量じゃなくて力の入れ方かな。
だから重たく感じるのかな。

態勢の問題かな?


「何現実逃避しようとしてるんですか」
「っぴい!」


バリトンボイスが耳の奥を刺激した。それも至近距離で。
ザワザワと肌がざわついて、同時に脳が警報を発令する。


早く、逃げろと。


何がどうなったんだっけ。

そうだ、飲みから抜けだして、泥酔状態の鬼灯を部屋まで送ってきて、そこから?

ベッドに寝転がしたら、暑いとかなんとか言い出して、肌襦袢だけになって、しかもそれで満足せずに帯も緩め始めて。

それだったら風邪引くだろう、と布団を掛けようとしたら、
……腕を引っ張られて、乗り上げられた。

どうしよう。


「ほ、鬼灯、ちょっと一回落ち着こうか、ほら、激しい運動は控えよう、な、な?」
「黙りなさい」


天井を背後に見える鬼灯は、目は据わってるし頬は赤いし、手首から伝わる熱は平常のそれじゃない。
舌っ足らずは抜けたけど、相変わらず深酔いしてる。

大きく広げられた合わせから覗く、浮き出た鎖骨やしっかりとした胸元、腹筋は色味を帯びている。

完全に酒に呑まれてるじゃないか。
しっかりしろよ第一補佐官。

彼は唇を耳元から頬に寄せてきた。
軽く触れた口の間から、チロリと舌が頬をなぞる。
また鳥肌。


「つめたい、ですね」
「そ、そりゃあ普段、雪の中仕事してるから」
「………………………ん」


ふと鬼灯は何かに気付いたのか、すんすんと鼻を嗅ぎだした。
そして、一気にバリトンを歪ませる。


「……………薬の臭いがします」
「薬?この部屋だって薬草がいっぱい、」
「違う……なんか腹立つ臭いです………………まさか澄乃さん、」


あのバカと密着したんですか。


白澤さんバカだって。
まぁ確かに、今日の振る舞いはバカというかアホというかボケというかマヌケというか、その全部が当てはまる有様だったけど。

というか、腹立つ臭いって。
本能的に嫌いすぎでしょ。


「…さっきのとこで、飛び掛られて」
「………コロス、あのエロ獣」
「あの、殺してもいいんで退けてもらえないかな」


白澤さんを人柱に(この場合は獣柱かな)そう要求したら、鬼灯は「ん…」と唸った。


「抜ければいいじゃない、ですか」
「いや重いから無理」
「非力ですね」
「……初めて言われたわ」
「なるほど。これからは上か下か口論せずとも、乗っかってしまえばいいんですね」


勉強になりました。
そう彼は呟くと、ウチの手首を左手で一纏めに
して、右手で合わせを広げてきた。

途端に、鬼灯の顔が歪む。


「……何で、晒ししてるんですか」
「いや…何でと言われても。何にも着けないのって違和感あるし」
「…空気が読めないですね」
「悪かったね、色気もクソもなく、っん」


言葉を遮るように、唇を合わせられた。

舌が割り込んできて、自分の舌が絡め取られる。
ぐちゅ、と唾液が交わる度に酒の味が流れてきて変な高揚感にかられた。

熱い。あつい。こっちまで酔いそうだ。


「っげほ、う、待って」
「待ちません」


まずい。
なんとなく分かる。

鬼灯、その気になってる。

ただでさえ酔っているのに、これ以上身体に負荷をかけたら、翌日辛いのは明確だ。
鬼灯がいくら体力バカだとしても、だ。

こうなったら。


「鬼灯」
「やめませんよ」
「…そう」


何を言いたいか分かったらしい彼は、即答して首に埋まる。
ここまで求めてくれて、まぁ…正直悪い気はしない。でも、これは明日の彼自身のため、ウチが鬼になる(いや鬼だけど)しかない。


「鬼灯」
「っだから━━!?」


自由がきく右足で、鬼灯の硬い腹を蹴るように踏みつけ、


「ごめんなさぁい!!!!」


ブォンッ。
自身の上半身に力を入れ、鬼灯を巴投げした。
見事に決まった技は、鬼灯を剥がして壁に叩きつける。

うわぁ、ガンッて言った。
やり過ぎたか、とやった後で後悔。

ズルズルと壁から床へ落ちる鬼灯を見るに、気絶でもしたか。
打ちどころが悪かったら、なんて考えたが、まぁ鬼灯だから大丈夫だろうといういい加減な結論に収めた。

このまま放置は可哀想なので、せめてベッドに上げてやろう。
そう思って、重い身体をやや乱暴にベッドに上げて、布団をかけてやる。


「さて、と…」


漸く解放された気分になり、首を傾けるとボキボキと鳴った。

派手に投げ飛ばしたから、衝撃で何か落としてないかと見回すけど、特に異常は無さそうだ。


「…二日酔いとかあるのかな」


普段はしないのだろうけど、もしかしたら。頭が痛かったら仕事に支障がでるだろうし(巴投げの物理的ダメージだったら謝るしかない)。

二日酔いの薬はすぐに用意できないから、せめて水くらいは備えておこう。

冷蔵庫を拝見すると、水らしき飲み物は見当たらなかったので、わざわざ外の自販機まで走って買った。


「…もういいかな」


時計を見ると、もうすぐ日を跨ごうとしていた。
まずい、なるべく早く八寒地獄の方に戻りたいのに。
ウチだって仕事あるんだ。

鬼灯を窺ってみると、ウチに背を向けていた。静かな寝息が聞こえてくる。
聞こえるわけないけど、小さく囁いた。


「おやすみ」
「返すわけないでしょう」
「!?!?」


声!?とウチが何らかのアクションを起こす前に、布団から勢い良く手が飛び出してきて、腕を引っ張られた。
バランスを崩して、ベッドに飛び込む。

ま、ま、まさか……狸寝入り!?
一芝居打ってた!?

ウチから手を離さず、鬼灯はムクリと起き上がると、用意したペットボトルのキャップを外して一口呷る。
ごくり、と動く喉仏を呆然と見つめていた。

口を閉めてペットボトルを放ると、彼は威圧的に見下ろしてくる。


「気のせいですかね。後頭部がすごーーーーーーーーーーーーーく痛いんですよねぇ」
「き、気のせい、だよ」
「いつまでしらばっくれるか、見物です」
「う、うわっ!」


腕を更に引っ張り上げられ、もう片方の手で腰を掴まれ、鬼灯と向い合うように座らされた。

危機感の再来。
合わせに顔を突っ込むと、鬼の特徴である牙を晒しに引っ掛け、そのまま噛み切られた。
晒しがハラリと落ちる。
その間、両手は厭らしく背中を這っている。

もはや考えるより先に、口に出していた。


「すいませんウチが頭やりました御免なさい!」
「許しません」
「どうか慈悲を!」
「地蔵様なら聞き入れてくれるでしょうね」
「あ、明日の仕事に影響するよ!」
「……」


流石仕事の鬼。
ぴたりと一連の動作が止まる。

何とか抜けだそうとしても、身体を拘束するかのように巻きついてる腕が邪魔だ。

ウチの胸に埋まったまま、鬼灯は呟いた。


「澄乃さん」
「ん?」
「一つ、聞かせてください」


ぐっ、と身体に巻きつく腕に力が入る。
まるで、自らの言葉を消すように。


「…私のことが、好きですか」


…今日、本当に酔ってるんだ。
鬼灯がそんなこと言うなんて。


「好きだよ」


愛想を尽かした日なんて無い。

鬼灯の頭を両腕で包む。


「大好き」

「私もです」


それにしても、どうしたのか。
さっきの巴投げ、そんなにショックだったのかな。
てっきり報復を受けるかと怯えていたのに。

しかしというか。
鬼灯はやはり、鬼灯で。


「じゃあ、シますよ」
「は?」
「仕事なんて知りません」
「まっ、待って!鬼灯はよくてもウチが、」
「黙れ」
「鬼灯、おい!」


体重をかけられて、ドサリと押し倒される。
屈辱的な態勢。そんなこと考えてる場合じゃない。

巴投げを忌避してか、ウチの両足の間に割って入る鬼灯。
万事休す、だ。


「鬼灯、じゃあウチからも一つ聞いていい?」
「どうぞ」
「酔ってる?」
「どう見えますか」


質問を質問で返すな。そんな生意気なこと、今の鬼灯に言えない。

完全にいつもの加虐趣味の鬼灯だ。
でも、


「覚悟しなさい」


こんな好戦的な鬼灯は初めてかもしれない。
そんな感想と共に、冷や汗が背中を伝った。


あぁもう、どうにでもなれ。



酩酊はお断り
(明日どうしよ………)
(諦めなさい)
 

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