本日、小春日和

□現世調査
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ヴーッ

ヴーッ


「澄乃様、お電話鳴ってますよ」
「ん?あ、ホントだ」


今日は相当暖かい。
吹雪が当り前の八寒地獄に、まさかの粉雪。

そんな珍しい現象というものは、


「はいはーい、こちら八寒地獄本部━━」
『相変わらず抜けた対応ですね』
「その声、鬼灯?どうしたのー?」


『現世に調査、行きますよ』
「……………一緒に?」
『じゃないとわざわざ貴女に連絡しません』


立て続けに起こるものだ。















「………ここって、」
「宿ですね」
「うん、分かるよそれは。でも、…ボロくね?」
「中々古風で趣があると思いますが」


現世の東京都内。辺りは夜のせいで暗く静まり返り、時折梟が鳴いている。
ウチと鬼灯は、お互い現世の恰好に帽子を被り、目の前の古宿を見上げていた。

鬱蒼とした森の中に佇むこの宿は築200年らしく、今にも崩れてしまいそうな脆さに不安感を抱かさせる。


「……んで、今回の目的って?」
「亡者が寄りやすい場所の調査です」
「それって、鬼灯に頼まれて何回かウチがやったはずだけど。報告に不備でもあった?」
「いえ、そういうわけではありません。今回は仕上げみたいなものですね」


現世に留まる亡者は、その個人が持つ未練に縛られていることが多いが、ただの嫌がらせで人に取り憑いたり、その場へ居座る例も報告されている。

ストレス社会で亡くなった人たちだから、そういうことで発散してるんだろうか。生前一体どれほど鬱憤を溜め込んでいたのか、まぁそれはそれとして。

今回調査するこの宿は、霊を呼びやすいらしいのだ。

現世に留まられては今後の対応に乱れが生じてしまうので、出来れば早急にあの世に来ていただきたい手前、霊を引き寄せては居着かせるこの宿をどうにかしなければ━━ということだけど。


「何でウチと鬼灯?」
「貴女暇でしょう」
「いやまぁ鬼灯に比べたら暇だけど。わざわざ鬼灯が乗り出すほどの案件には思えないし…」
「確かに原因はほぼ解明できているので、私も出来れば澄乃さんに丸投げしたかったんですけど、面倒臭いことに男女二人組でないと駄目らしいので」
「ん?どゆこと?」
「その内分かりますよ。行きましょう」
「あ、おい!」


一人でさっさと宿へ入っていく鬼灯の後を追い、予め開いていた入り口を潜ると、なるほど内装も中々のものだった。

板張りの床や壁は所々腐って、剥き出しの豆電球はチカチカと点滅している。よくこんな状態で宿として経営できてるものだ。


「すいません、予約していた鬼灯ですが」


鬼灯が声を張ると、ギシリと床が軋み、奥から一人の腰を曲げた老婆が、覚束ない足取りで出てきた。

老婆を一目見た瞬間、分かった。
この人は取り憑かれている。


「どうぞ、おいで下さいました。お部屋はお二階の突き当たりにございます。こちらをどうぞ」


お婆さんはニコリと人の良い笑みを浮かべ、なぜか湯呑み二つと急須が乗せられたお盆を渡してきたので、受け取る。

…こういうのって、客が運ぶもんだっけ。

「それでは」とお婆さんは頭を下げて奥へ引っ込んでいった。
去ったのを確認して、ウチは二階へ上がりながら鬼灯に話しかける。


「あのお婆さんの様子だと、長く憑かれてそうだね」
「ご老体ですから、余計に馴染みやすいのでしょう」


二階の突き当たりの部屋に着いたので、
これまた古い襖を開くと、


布団が一組敷かれていた。


一枚の布団に枕が二つ。
これが何を意味するか、分からぬほど野暮ではない。


「ちょっと婆さんんんんん!!!???これどーいうもがが」
「騒がないでください。予想した通りです」
「は?」


口を押さえられたまま鬼灯を見上げれば、彼はそこらを見回していた。

そしてウチから手を離したと思うと、ズカズカと布団を収めてあったであろう押入れへ向かい、勢い良く開ける━━と。


『ひいいい!!』

「やはり、いましたね」
「…………………わぁお」


押入れに所狭しと、亡者が詰まっていた。その全員が男性である。

鬼灯は亡者たちを手荒に押入れから引きずり出すと、「やっぱりですね」と言った。
イマイチ状況が飲みこめないウチは、「どゆこと?」と首を傾げる。


「ここは出会茶屋ですよ」
「出会……………は?」
「現代でいうラブホテルみたいなものです。ですから、ドスケベ亡者が自然に寄ってきたんでしょう」
「あぁ…………そうゆうこと」
「事前調査で築200年程とありましたが、ちょうど200年前は江戸時代、出会茶屋が出始めた頃です。先程の対応も出会茶屋ならではですね。初めからお茶を客に渡しておくことで、後で部屋に立ち入ることがないようにする為です」
「二人の時間をなるべく邪魔しないようにっていう配慮なんだ。あぁ、だから男女じゃないと入れないって言ったんだね」
「はい。そしてここからはあくまで推測なのですが、もしかしたらここは先程のお婆さんの意思で近い内に取り壊される予定だったんじゃないでしょうか。それを止めてほしくて、ドスケベ亡者がお婆さんに取り憑いて経営を存続させてたのでは…」
「とんでもなく性欲を持て余してんだな、この亡者たちは」


そこまでいったら呆れを通り越して感心するしかない。
鬼灯に手際良く縛り上げられ、死後の裁判について正座で説明を受けている男の亡者たちを見下ろした。














「…………あのさ」
「はい」
「今回の調査、終わったんだよ…ね?」
「はい。お婆さんに取り憑いていた亡者を剥がし、お迎え課に連絡いれました」
「だよね?なぁ、帰らないの?」
「この調査がもっと長引くつもりで予定を組んでましたが、思ったより早く終わりましたし、一応代金も払った手前、泊まった方が得するかと」
「なるほど、確かに。じゃあおやすみ」
「こら。待ちなさい」


布団に潜り込んだところを、素早く捲られた。
掛け布団を戻そうと引っ張るが、鬼灯はそれを許さず、ギリギリと奪い合いが続く。


「何寝ようとしているんですか」
「だって夜だよ?」
「言葉を変えましょう。何布団で寝ようとしているんですか。私の寝る場所がない」


しょうがないじゃないか。
用意された布団はどう見ても一人用だ。

最早眠気が襲ってきた脳ははたらく事を放棄しようとしている為、どうにか諌めようと、鬼灯の背後を見て言った。


「押入れあるじゃん」
「猫型ロボットみたく小柄じゃないです。むしろ澄乃さんが押入れで寝た方がいいですよ」
「お前仮にも女を押入れに詰めようとするなよ…」
「貴女こそ上司を押入れに追いやろうとしないでください」
「たっ立場的にはほぼ同等だろ!」


ミチミチ、と布団が怪しい音を立て始めた。
怪力同士が引っ張っているんだ、飛び散るのも時間の問題かもしれない。

しかし、ここで布団を離すと、同時に鬼灯へ快適な寝床を明け渡すことに繋がる。引き下がる訳にはいかなかった。

このチンケな争いを先に投げ出したのは、意外にも鬼灯だった。


「わかりました。なら一緒に寝る所まで譲歩しましょう」
「……一緒に寝る?」
「身体を寄せ合えば布団からはみ出る事もないでしょう」
「………なるほど、確かに」
「話はまとまりましたね。ほら、寄ってください」
「へいへーい」


ギリギリまで寄って空けたスペースに、鬼灯が入ってくる。やっぱり身体が大きいせいか、狭い。

いや、狭さよりこの枕の硬さと高さの方が不満だ。
合わない。枕が変わると寝れない性分なので、先程まで重かった瞼もどんどん開いてくる。


「寒いですね」
「え?そう?」
「はい。もう少し寄ってもらっていいですか」
「え、これ以上下がったら布団から落ちるんだけど。畳で寝ることになるんだけど」
「そっちじゃないです。私の方に来てください」
「…あぁ、そっちか」


ごそごそと動きづらい布団の中で、何とか鬼灯に近付く。
するとあっちも身を寄せてきて、自然と密着する状態になった。

………考えてみれば、ここまで鬼灯と接近するのは中々無い気がする。

ああ、更に目が冴えてきた。
この際枕いらないかも。
頭を枕から落として、掛け布団と敷き布団との間に潜りこむようにすれば、頭の上から鬼灯の声が降ってきた。


「どうしました?」
「なんか…枕が硬いし高いしで、合わない」
「腕でも貸しましょうか」
「いいの?お願いします」


鬼灯が身体を捩って腕を差し出してくれたので、お言葉に甘えてそれに頭を乗せた。

腕の太さがちょうどいい。でも、


「筋肉のせいか硬いね」
「そればかりは我慢してください」
「いや、贅沢は言わないよ。ありがとう」


あ、眠たくなってきた。

暖かいからかなぁ。


「おやすみなさい、澄乃さん」
「おやすみ、鬼灯」


人肌って、こんなに心地良いものなのか。

その日、久しぶりに夢を見た。
内容は覚えてないけど、幸せな夢だった気がする。



現世調査
(ふぁ……ん?)
(なんでウチ、結局畳の上で寝てるの?え?)
 

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