失われたキセキ

□舞台で踊るは白い烏
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「ねぇ、無谷さん、だっけ」


確信がないなら呼ばないでもらえませんか、間違えて恥をかくのは貴女の方ですよ


そんな本音を心の中に押さえつけて振り向けば、そこには帝光バスケ部のジャージを着た女子生徒が立っていた。

誰だっけ?私、帝光バスケ部のマネージャーなんて桃井ちゃんしか知らないんだけど。


「あんた、この前はよくも邪魔してくれたわね!」

「この前…って?」

「惚けないでよ!!私と黄瀬くんのエッチ妨害したじゃない!!そのおかげで、あの後ヤれなかったんだから!!!!」


この人、こんなところでエッチとか言っちゃうのか。年齢的にもギリギリのラインなんだし、これ先生に聞かれたら不純異性交遊で停学されるぞ。

と、思い出した。

確か、私が忘れ物して取りに行ったときにいた子だ。

黄瀬の名字はよく聞くから知っている、帝光バスケ部のレギュラーだよね。
そいつとねぇ。


「何か問題でも」


そう問えば、女子生徒は顔を怒りで赤くした。
形相も、せっかく化粧で飾り立てた暑苦しい顔が更に醜くなっていく。

この人、本当にマネージャー?
運動部のマネージャーなんだから、普通厚化粧しないでしょ。

確か帝光バスケ部はイケメン揃いだと聞いたことがあるから、大方顔面狙いでマネージャー志願した多くの女子の一人だろう。


「あんた、遠慮くらいしなさいよね!普通、あーいう場面で忘れ物の為に入るわけないじゃない!」

「遠慮?学校と言う神聖な学舎で不純な行為をしてるそちらが言いますか?私にとっては取るに足らないイベントだと解釈したんです。むしろ、あのまま職員室に駆け込む権利を持っていながら帰宅した私に感謝したら」


絶句した女子生徒を置いてその場をさっさと去ろうとした私に、怒りの平手打ちが飛んできた。

頬には当たらなかったけど、ネイルを施した長ったらしい爪が額を掠めた。
うわ、痛い。血が出てるわ、濡れた感覚からして。


「っざけんな!死ね!!」

「死ぬわけないじゃん、頭が弱いね」

「っこの、」


「おいおい、何やってんだよ」


振り上げられた手が、私の後ろから伸びてきた手に掴まれた。

声色と、私の影より遥かに長い影、そして色黒な手に、人物は嫌でも特定されてしまうわけで。


「この女、おっかねえから止めた方がいいぞ」

「あ………青峰くん!?いたっ!!」


青峰は女子生徒の腕を捻りあげ、そのまま突き飛ばした。
女子生徒はバランスを崩して尻餅をついた。

ぐき、と首を鳴らす青峰に、女子生徒は信じられないといった目で見つめる。


「な、なにす……」

「うるせーよ。あと赤司が呼んでたぜ。とっとと連れてこいって」

「…………っ、分かった」


立ち上がってスカートについた埃を叩く彼女は私を睨むと、背を向けて立ち去っていく。

本来なら喜ばしいことなんだけれど、手放しで喜べる状況じゃなかった。


「……何の用?」

「おいおい、あのマネージャーを赤司が連れてこいっていったのは本当だぜ。多分、退部させられるだろうがな」

「不純異性交遊を許してないんだね。じゃあ相手の男も?」

「相手はねーだろ。罰走させて終わりだろうな」

「……レギュラーの対処は甘いのね。腹立つ」


才能があるからこそ、そういう日々の態度をしっかりすべきじゃないの。

灰崎のことといい、黄瀬?のことといい。
……試合で点を取れればいいってこと。勝者の余裕ってやつ?


「いつか痛い目に合えばいいのに」

「それ赤司に聞かせたら、神那が痛い目に合うぞ」

「知らないわよ。それに、私からしたら青峰も同類なんだから」

「へぇ?」


青峰の声質がワントーン低くなった。
私の背後から異様なオーラが漂ってきて、ああ面倒くさい。


「また説教する気かよ?」

「まさか。というか、私の言葉が耳に痛いってことは、案外納得しちゃってるんじゃない」

「……テメェ」


肩を強く掴まれて、ぐるりと180°回される。
青峰の顔は、これまた極悪。

あまりにもしっくりきている。これが昨今の中学生がする表情か?


「この前逃げ延びたからって、いい気になってんじゃねえだろーな」

「さぁ?…というか、まさか本当に私を恨んでるわけ?うわー、無いわ」

「……っ、」


ぎり、と私の肩を掴む手の力が強くなる。

これはいよいよ…と、小さくため息を吐こうとしたとき、



「あれ、お邪魔…だったっスか?」



第三者の声。

聞き覚えのあるような、ないような。
でも、青峰の知り合いらしく、その声を聞いた瞬間僅かに力が緩んだので、その隙をついて手を払って距離を取った。

してやられた青峰は、「あ」と声を漏らすと、私に逃げられた苛立ちからか、その第三者を思いっきり睨んだ。


「おい黄瀬ェ…どういうタイミングで来てんだよ」

「ヒドッ!青峰っちが見えたから来ただけなんスけど…もしかして告白してたんスか?」

「胸くそ悪い」

「お前は黙ってろよ、神那」


本音がポロッと溢れただけなのに、それにさえ青峰は厳しい。

いや、でもいいタイミングで青峰の友達が来てくれて感謝感謝。今のうちにトンズラしときますか。


「じゃーね、青み──」

「あ、アンタ」


おい、引き留めんな、青峰の友達。
ここまでぶち壊したんなら空気読んで逃がしておくれよ。

青峰よりは低いけど、余裕で平均身長の上をいっている背丈の彼は、私の姿を下から上まで確認している。


「…やっぱ、この前の子っスよね」

「この前……………あ」


この前で繋がることといえば、さっきの女子生徒。つまり、コイツは、


黄瀬涼太。


「お前、知り合い?」

「あーうん、知り合いっちゃ知り合いっスね。まともに言葉交わすのは初めてっスけど」

「ふーん。俺との関わりは避けるのにな」

「アンタが私に寄ってくるとロクなことがないからよ」


青峰は決して、不純な理由で私に寄ってきたりしない。

理由なんて、意外とどうでもいい八つ当たりだ。
青峰にとっては、どうでもよくはないけれど。


今更、私にどうしろと?


「青峰、もう諦めたら」

「……」

「そうやって受け身になるから、余計独りなんでしょ。バスケ一緒にやるチームメイトがいたって、今の帝光バスケ部に信頼関係なんて存在してない。
私に突っ掛かっても意味ないし。昔にすがるなんて、さ」


虚しいだけだ。

才能を手にした奴等が、それを扱えきれてないなんてことに、私はどうも思わない。

その才能と向き合わない奴が、私にはどうしようもなく腹立たしいだけだ。


「……青峰っち、なんなんスか?その女子。偉くバスケ語りしてるけど、女バスでも見たことないっス」

「へぇ、天下の男バスが格下の女バスをきちんと見てるわけ?才能ってやつは本当暇をもてあますのね」


黄瀬は、私の言葉にどこか不快感を覚えたらしく、眉間に皺を寄せて私を見下ろす。

黄瀬、ということは…一軍のレギュラー、ねぇ。女に困ってないモデルだかなんだか知らないが、私にはどうでもいい。


「じゃあね、青峰。とっとと開き直って勝ち続けてね」



舞台で踊るは白い烏
(その美しさは偽りだろう)
 

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