失われたキセキ

□スポットライトは弱者を阻む
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女ってタイヘンっスね。


飾り立てて媚びて目当ての男を虜にすべく、同姓同士とのいがみ合いを常とする、醜悪な世界へ踏み込む。

一種の狩りともいえる。


でもさ、そいつらのターゲットになりやすい俺としちゃあ、

まじ勘弁してほしい。
















「黄瀬!昨日の試合、一人勝ちだったんだって?」


クラスの男子がそう俺に興奮ぎみに話しかけてきた。
それを皮切りに、周りの女子も騒音レベルで甲高い声をあげる。


「うっそぉ、私見に行けばよかったー!」

「絶対かっこよかったよね!」

「私見に行ったよ!すごかったよ」

「えええいいなー!」


嘘つけ、どこが凄かったなんて、漠然としか分からないくせに。
知ったような口聞いてんじゃねーよ。

バスケのルールを知りもしない奴に、俺が獲れる訳ないじゃないっスか。


すると、ピリリリリとケータイが鳴った。

周りの女子に見られないようにコッソリ見ると、《まだ?》という内容のメール。

あ、昼休みに約束してたんだった。忘れてたっス。


「ごっめん、俺先生に呼ばれてたから行くっス!」


愛想さえ振り撒いとけば、大量に女子は釣れる。これはこの学校だけじゃない、モデル業界においてもそうだ。

まぁ、このコトにおいては、どっちもどっちって感じなんスけど。


廊下を歩く途中、目の前から見覚えのある人が曲がり角から飛び出してきて、思わず「お!?」と叫んだ。


「んぁ?あー、黄瀬かよ」

「ひっど、何そのゲンナリした顔!?そんなに俺が嫌なんスか青峰っち!」


浅黒い肌、俺よりも高い背丈。
青峰っちはブレザーを脇に抱え、ズコーとジュースパックの中身をストローで吸っていた。

少し汗をかいてる…?
桃っちからでも逃げてたんスかね?

でもどうやら違うらしい。
青峰っちはそこらをキョロキョロ見渡すと、「くそっ」とジュースパックを握り潰した。


「ちょ、荒れてないスか?」

「んなことねーよ。すっこんでろ。っくそ、あの女ァ…」

「女?青峰っち、女性関係で揉めたんスか?」

「ちげえよ」


青峰っちは、近くのゴミ箱にジュースパックを放ると、歩いて去っていった。何だったんスかね?


…彼は変わった。

バスケ一筋だったはずが、今や練習もサボる不真面目部員になっている。

赤司っちも、そのことについては特に咎めない。多分、試合で勝ってくれればそれでいいんだと思う。

青峰っちだけじゃない。

緑間っちも、紫っちも、赤司っちも、


そして俺も。


試合に勝つことが全て


勝てば充足が約束される


なのに、黒子っちはそれを否定し、


全中三連覇を成し遂げた後、姿を消した。



俺と黒子っちは部活内では仲良かったけど、黒子っちが部活を辞めた今、別クラスの上、彼の影の薄さが相成って、最近会えていない。


青峰っちに1on1を挑んでも、いつも通り負ける。

試合に挑んでも、勝ち試合は当たり前。


俺を燃えさせてくれるバスケで、


相手に勝てる達成感を得る。


俺が理想とした形のはずだ、なのに。



「あ、そーだ」


ケータイをもっかい開いて、パチパチとさっきのメールに返信する。


《ゴムないとヤらない》


これでよし。















今日の女もけばけばしくて、香水臭く、やたら喘ぎ声が耳障りだった。

情事後には足早に去ろうと思ってたのに、「もうちょっとぉ」なんて甘ったるい言葉で俺を引き止めて。


「ねえ、もっかい」

「えー、明日歩けなくなっちゃったら駄目じゃないスか」

「いいのー!ガッコ休むもん」


早く、なんて急かしてくる女は、最早人間として見れないほど欲深くなっている。

んな欲深でいいもんスね。

俺なんて、もう足りてしまっている。

無欲に等しい俺は、心がどうも浮いているように思えた。


「じゃあ、」


俺の口が開きかけた時、


──ガラッ


扉が開いた。


そっちを見れば、…見慣れない女子生徒。


その子は、まるでこっちを気にしない風に教室に踏みいると、俺達の横を通り過ぎて、すぐ前の机の中から辞書を取り出す。

忘れ物を取りに来た?

いやいや。それ以前に、いかにもヤってる雰囲気に入ってきたっスね…しかも表情を見る限り、目を反らしてるとかじゃない、始めから俺達なんていないかのような無反応。


俺が驚いてその女子生徒を観察していたときに、邪魔されたことで怒った女がヒステリックに叫ぶ。


「ちょっと!アンタ、空気読みなさいよ!黄瀬くんにやっとこぎ着けたのに!」


女の自分勝手な言葉に、やっと女子生徒の目がこっちを見た。


机に吐き出された欲を指差す彼女の印象は、



「そのキタナイの、早く片付けたら」



泥のような目をした、堅い女。





スポットライトは弱者を阻む
(舞台に上がるには早い、出直せ)
 

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