夕暮れのキセキ

□持つべきものは君
1ページ/1ページ










「なんなんスか、これ…」


私の顔色を見て、そのメモの異常性を理解した黄瀬くんは、少し震えた低い声だった。


「…わ、かんない……」

「…夕季っち……まさか」



き ら わ れ る



頭の中が冷えきって、気づけば黄瀬くんの手を振り払っていた。

これはストーカーとかそんなんじゃない、そう思ってほしくて、そうしたら自然に立つことができていた。


「あははっ、多分友達がイタズラしたんだよ!びっくりしちゃった!」

「夕季っち、」

「あ、まだ洗濯機回してなかったや。このあとも作業あるのに」


いつも通りの段取りを踏まえて、洗濯機を回す。
黄瀬くんの顔が見れないよ


「じゃあ黄瀬くん、練習頑張ってね!」


最後に出来る限りの笑顔で黄瀬くんを見れば、


(なんで、泣きそうなの?)


そう思えて、自分に張り付けている仮面が剥がれ落ちそうになった。

そうなる前に、黄瀬くんに背を向けた。

気を紛らすために、無理矢理作業内容を確認していた。


(監督のところへ行って、夏休みの合宿の件で相談しよう。
後、そうだ、ドリンクの粉もきれかけてたから、買い出し行こうかな。
洗濯物も洗い終わったら干さなきゃだし、それにそれに)


「夕季っち!」


後ろから黄瀬くんの声がまたしたと思ったら、途端に抱き締められた。

腕がしっかりお腹に回されて、身動きがとれない。


離して


離して


「俺ってそんなに、頼りない……?」


更にきつく抱き締めて、彼の温もりが冷えきった身体に流れ込んできた。

あったかい


気付いたら、


「……ちがうよ……」


涙が流れていた。


やだ、とまんない


視界がだんだんと滲んで見えなくなって、代わりに黄瀬くんの暖かさが身を包んでいく感覚が増していく。


「たすけて……ッ」


黄瀬くんは確かに、しっかりと、「もちろん」と言ってくれて、私は更に涙が溢れた。















「………ストーカー野郎は殺す」

「抑えて抑えて」


言葉だけだと、まるで普段人受けがいい黄瀬くんには見えない。


部活終了後すぐさま黄瀬くんに捕まって、今日は居残らずに、近くの公園でストーカー事件について全部洗いざらい話した。


話が進むたび、黄瀬くんの端正な顔立ちにどんどん皺が寄って、不快感を全面に押し出してる。


「…………夕季っち、ケータイ貸して」

「う、うん」


今も電源を落としているケータイを黄瀬くんに渡すと、彼はすぐさま電源を入れた。

暫くすると、ブブブとバイブレーション。メールの内容を見た黄瀬くんは、更に顔を歪めた。


「………夕季っち、多分、炙り出すことは出来るっスよ」

「え?」

「ストーカー。ま、取り敢えずメルアド変えるっスね」


するとカチカチと手際よく操作する黄瀬くん。え、私のメルアド、黄瀬くんが変えるの?


それにしても、


(そんなアッサリ、見つかるものなの……?)


信じられない。


私なんて、誰が何なのか全く検討つかなかったのに…


「はい、変えたっスよ」


そう清々しそうに、黄瀬くんは久し振りに見た笑顔でケータイの画面を私に突きつけた。

そこはメールアドレス変更完了の画面。


“ryota.love0618@XXX.XXX”


「あーる、わい…え、これ、ちょ!?」

「あ、0618は俺の誕生日っスよ!いやー、やってみたかったんスよね、アドに自分の情報入れるの」

「え、私…友達にアドレス変えましたって送るの、これ!?」

「いいんじゃないスか?」


まぁ、でも折角変えてくれたんだし…暫くは変えずにこのままにしとこう。

恥ずかしいけど……!


「これでストーカー野郎からのメール、来なくなるっスよ」

「……うん、そう、だね」

「…大丈夫っスよ」


一瞬、黄瀬くんの表情が真剣なそれに切り替わって、思わず息を呑んだ。


「だから、もっと俺に、甘えて欲しいんス」


ドクリ、と心臓が跳ねた。


こんな黄瀬くん、知らない。


私が知ってるのは、いつも周りを和ませる、ムードメーカーのような人なのに……


今目の前にいるのは、そう。


あの体育館の居残った時のような、妖艶な雰囲気を纏った、男の子だ。


「…あ、もうこんな時間っスね。帰ろう」

「う、うん」


公園に設置されている寂れた時計に目をやった黄瀬くんは、自然な動作で私の鞄を持つ。

何も持つものが無くなった私に、空いた右手を差し出してきた。


「俺が夕季っちの鞄を持つから、夕季っちは俺の手を持って」

「え、持つって、」

「もー、焦らしちゃ嫌っス!」


私の左手を包むように握った黄瀬くんの手は、大きくて力強くて、男の子特有のそれ。

私とは違う手に、また心臓が跳ねた。


そして同時に、感じたんだ。


黄瀬くんは、本当に男の子なんだって。


「不安だろうから、送るっスよ」


そう言ってくれる黄瀬くんは、本当に優しい。


どうして黄瀬くんが他の人から人気があるのか、分かった気がした。


「うん」と頷いた私の心は、不安なんてものが存在していなかった。
















翌日。


驚くことに、今まで私の下駄箱を圧迫していた白い封筒は、一通も見当たらなかった。


信じられなくて、二度見したほど。


「あれ?」


もしかして、黄瀬くん、本当に?


いまだ半信半疑で教室に入り、席を確認すると、本当に何もない。

机にも、その中にも。


「夕季っち!」

「あ、黄瀬くん、おはよう…あの、」

「あ、大丈夫っスよ!」


いの一番に近寄ってきたのは、やはり黄瀬くんだった。いつもと違うのは、いつも以上に笑顔が爽やかなことかな?

私が、例の事件について何か聞こうとしたら、その前に黄瀬くんがそう口に出した。


「ちゃんと解決したっスよ!」

「え…本当に?」

「あー、信じてくれてないっスね!本当っスよ!」


黄瀬くんは優しい。


私の事なのに、自分のことのように親身になって話を聞いてくれた上に、私以上に怒ってくれた。


その優しさだからこそ、色んな人に好かれるんだ。


黄瀬くんの見方が、この日、変わった。


それが、私が黄瀬くんに惹かれていっているということなのは、まだ気付かない。



持つべきものは君

(そういえば黄瀬くん、どうやって…割り出したの?)
(俺の人脈が成せる業っスよ!)
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ