夕暮れのキセキ

□出会いは、図書室
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「やっべ!」



現代文の時間に図書課題が出されていたのを、部活途中に思い出した。

このままじゃ、担任に殺される。
ただでさえ、ピアスだの金髪だのモデルだので目をつけられてるのに…


まずいっスよね……。


「すません、ちょっと早めに切り上げていっスか?課題のことでやばいんス!」


そう笠松センパイに頼んでみると、「馬鹿か!」と一発蹴り食らった。痛い!
でも、何だかんだでお許しを頂いたから、急いで着替えて体育館を出る。
やっぱりエースには甘いっスね、センパイ!(こんなこと言ったら更に蹴られるから黙っとこう)


図書室の閉館なんて、普段利用しないから覚えてないけど、確か早めだったはず。


課題の提出期限が明日というのもあり、俺の歩幅はますます大きくなり、ついには駆け足で向かい始めていた。















「はぁっ、はぁっ……よかった、やってたっス……」


時間が遅いせいか図書室内にいる海常の生徒は、貸出カウンターにいる真面目そうな男子だけ。
ラッキー!別に人がいたって困るわけじゃないけれど、気兼ねなく探せることに越したことはない。


早速どんな本がいいか探し始めるが、普段読まない難しそうな本なんて、感想文を書き始める前に寝てしまうに決まってる。

だけど、簡単そうな本は全く見かけない。全部貸し出されたんだろうな、そーいう本は。
所々空いている本棚は、そういうことなんだろう。

参ったっスねぇ……


と、図書室の備え付けられている机に、一人の女子生徒が座っていた。


その姿が目に入った瞬間、反射的にその女子の死角の本棚に身を潜めた。

モデル業をやっている手前、どうしても女子には騒がれやすくて、その結果、前に比べて隠れて過ごすことも多くなった気がする。

ま、あくまで“気がするだけ”っスけど。


その女子は俺には気付かず、読んでいた本を閉じると立ち上がった。

いかにも、真面目そうな風貌っスね……


今時の女子高生とは違い、飾りっけのない雰囲気。
眼鏡は黒縁でオシャレ感はないし、
髪は邪魔だから二つに纏めてあるって感じだし、
化粧もしてないし。


まさしく図書室に一人はいそうな、文学少女そのもの。



ガタンッ



「………あ」


まずった!

肘が本棚に当たり、その衝撃で、本がドサドサ!と静かな図書室にけたたましい音を鳴り響かせた。


しかも、無駄に多いし………


内心、めんどくさいと思いつつ、このまま放置するわけにもいかないので、しゃがんで一冊取ろうとしたところで、足音が近づいてきた。

……さっきのカウンターの生徒?


でも、違う。



「だ、大丈夫ですか?」


さっきの見かけ文学少女だった。
静かな図書室の中でも、消えてしまいそうなか細い声。

その子もしゃがんで、でも俺より速い動きで本をかき集めると、元の位置へそれらを収めていく。

その滑らかな動きに、俺は呆然と立ち尽くす。


やがて全てしまい終えると、俺の方へ再び向き直った。


「怪我、ありませんか?」

「あ、あぁ……いや、ないっス」

「良かった!じゃあ、失礼しま」

「ま、待って!」


咄嗟に立ち去ろうとする彼女の手首を掴んだ。
何事かと不思議そうにこっちを見上げてくる仕草には、媚を売る目的など一片も見えなかった。

そう、俺がこの子を引き留めた理由は、



「あの、明日の図書課題の本探すの、協力してくれないっスか!?」



本探しの手伝いの依頼だった。
「自分の力で探しなさい」と冷たく断られるのも覚悟して頼み込むと、意外にもあっさり、彼女は頷いた。


「いいですよ。本って普段読みます?」

「あー…あんまり」

「成る程…皆、読みやすい本ばかり貸し出すから、あるかなぁ…」


ぶつぶつと呟きながら身の丈の三倍はある本棚を見上げる。
かなり親身に協力してくれる姿勢に、俺のことを知ってるから、これを機に繋がりを持つつもり?とも疑った。

でも違った。


俺には目もくれず、本の一冊一冊を吟味している。


……ここまで来たら、疑心なんてものより、純粋に寂しいっス……


「あ」


彼女が小さく声を漏らすと、ある一冊を引き抜いた。それから中身をパラパラと確認し、俺に差し出してきた。


「これなんか、どうですか?映画を小説化したものですし、内容もあまり複雑ではないですから、読みやすいかと」

「あ、これ知ってるっス。確か雑誌の作品紹介ページの告知を持…あ」


やっべ、喋るとこだった!

でも幸いにも最後までいう前に気が付いたから、彼女は気付いていなかった。ほっ…。


「知ってるんなら多分書けますよ。じゃあ、私はこれで」


え?もう?

彼女は律儀に俺にお辞儀をすると、さっさと元の席に帰ろうとする。
思わず何かを言い訳にしてでも引き留めようとしていた。


「あ、ちょ!俺たち、どっかで会ったことないっスか!?」

「!」


只の古臭いナンパ言葉が飛び出した。

あああ、もう!何やってんスか!
そんなの、流されるに決まってるじゃないスか!!

でも、彼女は意外にも立ち止まってくれた。それでも、振り向かない。


「……気のせいです」


震えた声。

弱々しい返答に、違和感を感じた。


なんで、俺、

怯えられてるんスか?


そこで、何となく、


本当に、どこかで会ったことあるような既視感。

それを感じた。


そうだ

彼女の鮮やかな夕焼け色の髪。


俺、見たことある


「俺、黄瀬涼太って名前っス。あんたは?」


君は、誰?



「………失礼します!」

「え、あ、ちょ!?」


彼女の行動は、迅速だった。

素早く机の上の荷物をまとめると、バタバタと図書室を飛び出していった。


それを追おうと思ったけど、逃げられたのは理解したので、追わなかった。


同じ学校だから、また会えるに決まってる


「あのー、閉館なんですけど」

「すませんス。これ貸出ししたいんスけど」

「はい」


カウンターの真面目系男子に本を渡す。
ぴ、とバーコードを確認する電子音がしたところで、男子は「あれ?」と辺りを見回した。


「これ、どこにありました?」

「え、確か…奥の本棚っスけど」

「あ、そうですか。いや、これ行方不明になってて探してたんで、あって良かったです」

「あー、俺が見つけたわけじゃないんス。さっきまでいた子が…」

「…あぁ、橙城さんですか」

「橙城?」


どっかで聞いた名前。
なんだっけ……?

その男子生徒は、手続きが終わった本を俺に渡しつつ、「はい」と答えてくれた。


「髪色がオレンジの女子ですよね。橙城さんですよ。よく来るから、顔を覚えて」

「……そうっスか」


橙城、髪がオレンジ、女子。


その三つのキーワードは、心当たりがないにも関わらず、やけに頭にこびりついた。




出会いは、図書室

(やっぱり、どこかで……?)
 

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