混沌の旅人
□逆さまの壺
1ページ/9ページ
死を、待つのみ…?
エンヴィーさんの言葉が、信じられなかった。
死を、待つのみ
そんな──…
信じられなくて、エンヴィーさんにまるで縋るように見たけど、彼も汗を流していて。
悪い冗談じゃないことを──証拠付けていた。
リンもエドワードさんも、真実を覆したくてエンヴィーさんに詰め寄っているけど、何も反応を示してくれなくて、また言葉に詰まっていた。
リンも余程ショックなのか、アメストリスではなく、母国語であるシン語で何やら口から漏らしていた。
エドワードさんも顔を俯かせて、歯を軋ませた。
アルフォンスくんの事を、とても心配しているようだった。
一人にしないと、約束した。
──でも、只絶望するだけじゃ、何も発展しない。
「──待てよ…?そもそもお前ら、扉扉って…そもそも、何をしようとしてるんだ?
お前らの言う“お父様”ってのは、ブラッドレイ大総統のことか?」
エドワードさんの推測に、私も心の中で同意した。
じゃないと…あの時、グラトニーさんと一緒にいた説明が…つかない。
でもエンヴィーさんは、
「大総統?はっ!あんなガキなワケあるかよ」
すっぱりと否定した。
「あれをガキ扱いカ…」
「ということは、大総統も造られたんだな?」
“造られた”
…それは、ホムンクルスのこと?
じゃあ、…ブラッドレイ大総統も、ホムンクルスなんだ。
…でも、そう言われたら、何故だか…納得がいった。
だって、あの時──ランファンさんを傷つけた時の、ブラッドレイ大総統の、卓越した動き。
確か…ブラッドレイ大総統、六十歳、なのに…
…なのに…
「そうだよ」
エンヴィーさんは、思ったよりもあっさり頷いた。
「最悪だ…
第五研究所…
人の命を使った賢者の石…
ホムンクルス…
大総統もと言う事は、イシュヴァール戦も絡んでるか?」
…エドワードさん、
あなた、
どこまで、知ってるんですか────?
でも、それよりも、
エンヴィーさんの、いきなりの歪んだ笑みに──背筋が凍った。
「イシュヴァール!はは、あれほど見事な内乱は無かったね!
あの内乱が起こったきっかけを知ってるかい?」
──…それは、
「…?確か、軍将校がイシュヴァールの子供を誤って…」
──“誤って”じゃない。
あれは…
「このエンヴィーが!
子供を撃ち殺した張本人!!」
──…エンヴィー、さん、が…
エンヴィーさん、が…殺した。
エドワードさんが、目を見開いた。
リンも息を呑んだ。
私は…
「でも──レインは、知ってたよね?」
エンヴィーさんの、意地悪を通り過ぎた、赤い目の中の黒い瞳から──私を映した。
「あんな弾丸一発からジワジワと広がっていって面白かったよ!
ほんっと、お前ら人間は単純だな!
そういえば、あの時穏健派将校に化けて撃ったんだ!そいつは後の軍法会議で裁かれたね!
邪魔な奴も消せて一石二鳥!!」
まくしたてる様に、一気にイシュヴァールの真実を述べるエンヴィーさんから、目が離せなかった。
人間はホムンクルス以下。
それを、思い知らせるように──私達人間に、語る。
バシャッ
おもむろに、エドワードさんが立って、エンヴィーさんに向かって歩き始めた。
その目は──静かに、怒りを宿していて、それが表情に徐々に浮き出ている。
「お前が…何の罪も無い子供を殺した野郎か…
東部も、俺達の故郷も滅茶苦茶にして…
イシュヴァール人を追いやって…
スカーという殺人鬼を生み出して…
あいつの…
…ウィンリィの両親を奪った内乱の始まり…
お前がーーーー!!!!!」
ゴッ!!
エドワードさんの怒りが籠もった、機械鎧の右腕が、エンヴィーさんの顔を殴り付けた。
でも──…
エンヴィーさんは、その拳にピクリとも動かなかった。
…おかしい。
殴られたら、少なくとも身体がブレても良いのに…
何で…?
「──やるか?ガキ共」
ドスの利いたエンヴィーさんの声色に、危険を感じたリンが「退ケ!」とエドワードさんに言う。
ゆらり、とエンヴィーさんは立ち上がって、バキバキ──と、独特の錬成反応をさせて、変化し始めた。
「どうせここで全員死ぬんだ。
冥土の土産に見せてやるよ」
バキバキ──…
エンヴィーさんが、異形のモノに変化するのが、変身の過程で、すぐに分かった。
…やばい、かも…?
私も立ち上がってエンヴィーさんに近付こうとしたけれど、リンに腕で遮られた。
「レイン、下がってロ。危険ダ」
「でも…」
「大丈夫。俺たちだって易々と死にやしないサ」
にかっ、とまるで安心させるように微笑むリンに、内心緊張感が解けた気がする。
でも、まだ変身を続けるエンヴィーさんを、また緊張した面持ちで見た。
.