短編集

□木漏れ日の行方
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執事はいつも通りの時間にいつも通りの甘い声で主人を起こす。その声は溺愛する恋人に向けるのが正しいと誰もが思うような声。それを主人に放つ…それだけでなんとなく2人の関係が解るだろう。

『おはようございます。憂季様。朝にございます。お起きになって下さい。』

主人は寝起きが悪い。朝がよわいと言う方が正しいのか…とにかく執事の呼びかけにピクリとも動かない。

そして、3回目の呼びかけでやっと少しずつ目を開けていく。それに気づくと執事は部屋のカーテンに手を伸ばした。

『おはようございます。今日は、天気がいいようです。陽が気持ちいいで…"いろよ…"憂季様?』

執事の話を止めるように主人は話し出した…

『俺が目覚める時は側にいろと何度言えばお前の脳は覚えるんだ…。今すぐ側にこい。』

主人はたった十数mの距離が離れている場所に執事がいるだけで不安なのである。一見横暴にも思えるが、主人を知り尽くしている執事にはとても愛らしく見えるのだ。

主人の命通りすぐさま主人の側に駆け寄る。
執事が主人のベッドの前に立った瞬間主人は執事に飛びついた。

『早く…いつも通りしろよ…』

そういうと主人はゆっくりと目を閉じる。その姿が執事にはかわいい過ぎて
執事の顔からは笑みがこぼれだした。

『おはようございます。』

ちゅ。

小さい音を立てるだけのキス。

それを済ませると執事は主人から身体を離す。
それが主人は気に入らないようだった。

『…。もう二度とお前とキスなんてしない。』

主人は執事のことになるとすぐに拗ねてしまう。もう16だというのに、精神年齢はまだまだ幼いようだった。今日もいつもより冷たいおはようのキスがお気に召さなかったのだろう。

『憂季様。学校に遅れます。用意を始めて下さい。』

執事は至って冷静であった。主人の制服を持ち主人に渡す。

『お前…バカだろう?今日は創立記念日で休みだ。』

主人は腹を抱えるように笑いだした。

『そのようなお話伺っていません。』

執事は完璧だ。ミスなんてしたことがない。だから執事は少し難しそうな口調になった。

『あぁ…言ってないからな。』

主人は当たり前のように悪い笑みを浮かべた。

『憂季様…。なぜそんなことを…?』

執事は動揺していた。今まで隠し事などしたことのない主人が少し遠く感じたのだ。

『そんなの…学校が休みだ。って言ったら、お前は俺を起こさないだろ…
だからだよ。』

主人に照れながらそう答えた。

『時間さえ言って下さったら起こしますのに…どなたかとご約束でもなさっているのですか?』

執事は不思議で仕方なかった。いつもなら"3時に起こせ"とか言ってくるのになぜ今日だけ…もしかしたらデートなのでは…そういう考えが執事の脳裏に浮かんだ。

『…だよ。「へぇっ?」だからお前と少しでも長く居たいから…抱きつきたいからたよ。悪いか!』

主人は顔を赤らめたまま執事の袖を引っ張り抱きついた。

『お前が最近冷たいのが悪い。俺はこんなにも…"憂季様…"あれ…』

主人の瞳からはいつの間にか涙が溢れだしていた。
こうなったらもう主人を止められる人はいない。
いつも俺様な主人は泣くと究極の甘えたになるのだ。

主人は抱きついた腕から顔を離すと目を閉じ前を見上げた。こうなるとさすがの執事ももう我慢の限界なのであろう。

主人の頭部の後ろ側に手を回し、自分の顔に近づける。

『はぁ…本当に憂季様は…私の思いも知らずに…どうなっても知りませんからね…私は相当憂季様に飢えていますので…』
そういうと執事は主人をベッドに押し倒す。

主人は満足そうに笑みを浮かべた。
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