短編集

□悲しみの向こう側
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『ゆ…う…侑緋様…もう朝でございます。お起きください…』
いつも通り規定の時間ぴったりに起こされる。その声が聞こえようとも眠たいものは眠たい。もう一度僕を夢の中に引きづり込もうとする悪魔にはかてない…僕はそれを理由に二度寝に入ろうとする…

がばっ!

音と同時に布団が剥がされた。
俺は眩しい目を擦りながら目を開いた。
『侑緋様起きて下さい。朝食の用意はもう済んでいます。顔を洗い、制服にお着替え下さい。』
僕が完璧に起きたのを確認すると、
必要なことを一方的に言い寝室を後にする。常に冷静で仕事は完璧。
必要なこと以外話さないクールさ、180cmをゆうに超える高い背に整った顔。メイドたちからも信頼され、好かれる完璧な男。
それが僕の専属執事"葛城 律"だ。
眠たい目を精一杯擦り、僕は身支度を済ませ食卓へ向かった。
大きなテーブルに乗った1人分の食事
部屋を囲むように無言のまま立つ使用人たち…
"今日も父さんは別宅か…これで3日目…"
父は仕事が忙しいらしくなかなか家には居ない。
だがそれが愛人の家に行っていることぐらい高校生の僕にでも分かっていた。
母は僕が小さい頃に他界し、15歳上の兄は家を出てなかなか帰ってこない。
だから食事は大体1人…
いつものことなのに今日はいつと無くさみしい…
僕はテーブルの上のオレンジジュースだけ飲み、学校へ行こうとする。
僕はこの家の食事を1人の時に食べたことが無い…
食べようとすると必ずさみしい気持ちで胸がいっぱいになるからだ。
部屋の扉を開けようとドアノブに手を伸ばすとそこには別の手があった。
『侑緋様…もう3日間オレンジジュース以外のものを口にしていません。学校の方でもほとんど何も口にしていません。一口でも構いません、食べ下さい…』
いつに無く低い声は僕を心配しているように聞こえた…
けれども僕はただ一言…
『お腹いっぱいだからいい。』と
言うとドアノブの手を払いそのまま学校へ向かった。
誰も僕を心から大切に思い愛してくれる人はこの世に誰もいない。

そのさみしさを抱えながら…
 

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