その他


□ショタ直江と学生三成
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関ヶ原という私と、そして憎き家康との戦いが幕を閉じ、そして。
現在、死した私――私達は、あれほど望んだ平和な世界で生きている。
秀吉様も半兵衛様も刑部も皆が健康に、そして、幸せに暮らしている。

けれど。何かが私には足りない。
茶菓子を刑部と食べている時。ノートに文字を書いている時。
ふと、足りない気がするのだ。
薄ぼんやりとした前の記憶の中にいる、ある人間が。
前世の記憶を持つ大半の者が通う学び屋でも見掛けた事も聞いた覚えも無い。
友人と思えるような、私を裏切らなかった奴は?
一体、どこへ。



「刑部。少し出てくる」
「あいわかった」

図書館での勉強会を一時中断させてもらい、外の空気を吸うべく立ち上がった。
入口付近で汚れた空気の入れ替えをしていると、すぐ前を通る小さな小さな子供。
小学校低学年といったところかと思うが…その顔を見て、思わずドキリと心臓がはねた。

記憶に残る姿より、かなり小さなその姿。
零れるのではないかというぐらいに黒々とした大きな瞳は私を映している。
今の私よりさらについた身長差……しかし、その空気は。気配は。
全て、あの者と同じ。
思わず膝をついてその顔を正面から見てしまった。
子供も急いでいる様子は無いのか私を見つめ返す。
目つきの悪い私に脅える様子は無く、どちらかといえば疑問の色がとれる。

手を伸ばして、その身体を腕へと閉じ込めれば、思いのほか柔らかく小さかった。
子供――直江は身を強張らせ、もがき出す。
照れているというよりもまるで焦るかのように。


『……お兄さん、だ、れ…』


腕から解放すれば、不審者を見るというよりはまるで怖いものをみるかのような目で私を見ていた。
もしや、記憶が無いのか――そう疑っていれ、ば。

「やれ三成遅か――――主は…」
『!吉継ど…お兄ちゃん!?』

遅い私を心配したのか出て来た刑部に直江は、反応した。
私の耳は聞き逃さなかった。確かに一瞬“吉継殿”と刑部を呼ぼうとした事を。
それは確かに記憶が有ると言う事で。
繕う口調は、この場に私がいるから?何故、とも思うが………もしや。

「直江、私が…分からないか…」
『ごめんなさ、い?』
「我の事は分かるであろ?」
『吉継お兄ちゃんは、久しぶりだけど』
「…三成の事は分からなんだ?」
『分からない?知らないもん』

なんで?と首を傾げる直江に嘘をついている様子は無い。
刑部が分かるのに、私が分からず――私が居るからこそ口調も違う。
“私に関する記憶”だけが消えているかのように、私の存在を知らぬと言う。

『あ、吉継お兄ちゃん。携帯もってる?』
「…?なにを」
『これメアド。また連絡するね』

これから行かなくちゃいけないところがあったんだった、と言って直江はその場を去る。
刑部は渡された紙と私を見比べながら珍しく複雑そうな顔をした。
…そうか、お前も直江と会ったのはこちらでは初めてか。



伸ばした手は肩に触れる事すらなかった。




2012.4.26
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