短編集
□閉ざした箱
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三題噺「駄洒落×桂庵×勅封」
「はじめまして、苗字名前です。好きな花はアジサイです。花言葉“移り気”なんて、マイナスだけど、そこもいいと思います。あ、実際には綺麗な花なので、アジサイを嫌いにならないでくださいね!」
入学式後、クラスで行われたのは恒例の自己紹介。
中盤に差し掛かった頃に、好きな花も添えて語ったのは満面の笑みを浮かべる少女。
中学一年生、つまり、つい先月までは小学生だった彼女は幼さの残る人懐っこい笑みを浮かべたまま着席した。
しかし、すぐに後ろの席の子が立ち上がり、自己紹介をすると、少女の少し眉尻と視線が下がった。
自己紹介も終わり、フリートークタイムとなったため、新入生同士前後左右で話し始めた。
まだ緊張しているのか、同性同士で語らう者も多い中、名前は、左隣の男子学生に声をかけられていた。
「苗字さん。さっきの自己紹介、“アジサイ”と、“あ、実際”をかけたのかい?」
「……わかった?赤司くんだっけ?」
困ったように笑う少女に少年は、優しげな眼差しを向けた。
赤い髪と瞳、そして、先ほど入学式を終えた新入生にしては落ち着きすぎた雰囲気が特徴的な少年だった。
皺一つない真新しい制服に身を包む彼は幼い容貌ながらも、童顔の先輩と言われたとしても、容易に信じてしまいそうな印象を受けるほどに。
しかし、威圧感は感じ得ない。
不思議な少年だった。
「あぁ、よろしく」
「こちらこそ、よろしくね」
「わかったのは、なんとなくだけどね。他のクラスメイト達は気付けなかったみたいだけど」
「…………」
少年は、じっと自身を見つめてくる少女に僅かに目を見開いた。
真っ直ぐな眼差しに彼は疑問をぶつける。
「どうしたんだ?」
「いや、……爆笑しないのかなぁって」
彼女の返答に対し、少年の疑問はさらに深まる。
今までの会話の中に、爆笑を誘うようなものはない。
ましてや、笑いをとるものさえなかったはずだ。
しかし、少女は非常に不思議そうな表情をしていた。
「……どうして?」
やや困ったような少年の問いに対し、少女は眉間にしわを寄せて答えた。
怒っているというよりは、不満そうな表情。
「いや、駄洒落に気づいたんだったら、笑わないのかなって」
「……すまない。おれは、笑いをとるもので笑えないんだ」
「え……」
今度は少年が困ったような表情をする番であった。
少女はしまったというように、口元を手で覆ったが、少年は首を横に振る。
「いや深刻な理由はないんだ。ただ、内容を理解できても、笑えないんだ」
「今朝、布団がふっとんだ」
「“布団”、と“ふっとん”だをかけたんだね。爆弾でも仕込んでいたのか?」
「う゛……。給食の時間に、パンを食べてた山田くんが急にショックを起こした」
「“給食”と“急”に“ショック””をかけたのか。山田くんは小麦粉か卵アレルギーだったんだね」
「……赤司くんって、残念だね。んー、他に言いところ…………あ、かしこそう!」
「“赤司”と、“あ、かし”こそうをかけたんだ。確かに、入試は首席だったよ」
「…………」
「もう、終わりかい?」
「ネタ切れです。ちゃんと寝たはずなんだけどなー」
「“ネタ”と“寝た”だね」
連続の駄洒落に対して、解説とごく普通の会話をする赤司に対し、名前は困ったように笑った。
「ごめん。今のは素だった」
その言葉に二人は目を合わせて、笑った。
穏やかな春の昼前。
自室でカーテンの隙間から零れる陽の光に目を細めながら、苗字名前はアイフォンを手に友人との邂逅を思い出していた。
「懐かしいなぁ」
そのきっかけとなったのは、その友人からの一通のメール。
音沙汰なしの年がいくつも重ねられ、もう連絡を取り合う仲ではないと彼女自身思っていたくらいの関係。
しかし、彼はあの初めて出会った日のような、春とは思えないほど澄んだ、青い空の日の昼前にメールを送信してきた。
意図してか、偶然か。
そんなことはどうでも思えるほどに、そこに記載されていた内容は誰もが目を瞠るものだった。
要約すれば、見合いの仲介者を頼みたいというものだった。
苗字名前と、メールの送り主、赤司征十郎は親しくないわけでも、特別親しかったわけでもない。
いや、親しかったかもしれないが、ある日を境に変わった。
その原因を、名前は自分自身にあるものだと考えている。
自分を友人と思ってくれていた彼に対し、色を含んだ目で見てしまっていたからだ。
そして、彼に拒絶された。
なんてことのない、初恋のジンクス。
だからこそ、少しの期待と大きな不安を胸にメールを開いた結果、思いもしない文章に、彼女はしばらくの間、固まった。
そして、彼女はこう解釈した。
――彼にとって、まだ私は友人であるのだ、と。
そのことは彼女にとってとても喜ばしいものであった。
もう、絶縁したと思っていた友人から頼られるということが。
彼に対して、不純な思いが完全に消えたわけではない。
しかし、消えつつある。
その証拠に、彼の縁談と聞いて嫉妬するよりも、仲介人を頼まれた喜びの方が大きいのだから。
だからこそ、失念していた。
喜びが大き過ぎるあまりに、至極単純なことに気づくことができなかった。