短編集
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いつものように学校で草むしりをしていた。
雲行きが怪しいと思っていたけれど、少し小雨がパラついてきた。
まだ、雑草はたまらない。
ビニル袋の10分の1も満たしていない。
まだ、頑張らないといけない。
私はダメな人間だから。
下等な存在だから。
少しずつ体温が奪われる。
せめて、袋を一つだけでも満たさなければ。
「はじめまして、赤司さん」
雨音とは別に優しい声が鼓膜を震わせた。
身体を打ち付けていた雫が途絶えた。
見上げれば水玉模様の傘。
それと、桃色の髪の女の子。
見覚えのある彼女は、確か、赤司様たちバスケ部を支えてくださっている桃井様ではなかろうか。
でも、今は部活の時間帯。
なぜ、彼女がここにいるのか。
そんな疑問が表情に表れていたのだろう。
「今日はね、体育館の調整があって、部活は休みなの」
「そうなんですか……。では、なぜ、ここへ」
「赤司さんが心配だったの」
「ぇ……?」
「あのね、昨日赤司さんが調理実習でつくったお菓子捨ててるのを友達が見てて……。むっくん、あ、紫原くんのことなんだけど、すごく美味しかったって言ってたから、どうしてなんだろう?って思ってね」
「ぁ……」
見られていたのか。
おそらく、尾行ではなく、偶然見た類だろう。
まさか、赤司様のご友人のお耳に入られるとは……。
このことは赤司様にも伝わっているのだろう。
食べ物を粗末にするなとお叱りを受けるのか。
また、赤司様に迷惑をおかけしてしまう。
また、赤司様を不快にさせてしまう。血の気が引いていくのがわかった。気持ち悪い。
女子生徒の叫び声が意識の片隅が捉えた気がした。
気づけば消毒液の独特の香りがする部屋の、ベッドの上にいた。
なぜ、こんなところに。
混濁する意識の中、身体が重いことだけは明確であった。
「あぁ、目が覚めたのね?赤司さん」
カーテン越しに聞こえた声。
自身から発された声は掠れていた。
一言断りを入れてカーテンの内に入ってきたのは養護教諭さんであった。
私の額に触れる優しくて少し冷たい手は、ひんやりとしてとても心地よかった。
「……ぁ」
「声が出にくい?少し待ってね、水を持ってくるわ」
優しい微笑。
いつかの母を思い出させる掌。
体調を崩し、情緒も不安定なのだろう。
シーツを濡らしてしまった。
止めようにも止まらない。目元をごしごしと擦れど、次々と溢れ出る。
こんなに自分は脆く、弱かったのか。
その事実を突き付けられたようで、悔しくで、恥ずかしくて、呆れて、情けなくて……。
言葉が出ない。
言葉にならない。
自分の存在がこれほどにバカバカしいものだということが。
「赤司さん?」
ドアの音など聞こえなかった。
カーテン越しから気遣うような声がかけられた。
もはや音のような謝罪の言葉が、何度も何度も私の口から発せられる。
人の声なのかというそれに、自分を自分で化け物なんじゃないのかと自嘲できるほどに変な声だった。
くるしいよ。
つらいよ。
いたいよ。
かなしいよ。
さびしいよ。
なさけないよ。
零れる涙に混ざって、そんな感情が溢れた。
「赤司さん……」
優しい掌が頭に触れた。
いつかの情景が脳裏をよぎる。
母が生きていたころの景色。
優しい母。
私が泣いていると頭を撫でてあやしてくれた。
その隣には、覚束ない小さな手がぽんぽんと私の背中を優しく撫でて慰めてくれる人がいた。
だけど、今、そのどちらもいないんだ。
――全部、過去の遺物だから。
最後の涙が私の頬を伝った。