短編集

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「すまない」

「ぇ……」
 

赤司の口から零れた言葉に、名前は驚きの声をあげた。


「ごめん、名前。おれは、お前に辛い思いをさせてきた。言い訳に聞こえるだろうが、聞いてくれないか。おれは守りたかったんだ。お前を。大切な妹である、赤司名前を。この世の全てから。だが、おれは間違っていたんだな。初めて見た。お前の幸せそうな顔を」

「赤司様……」

「っ……。嫌われて当然だと思う。怖がられることが、怯えられることが、嫌われることが普通のことをおれはお前にしてきた」

「今も、怖いです」

「…………あぁ」

「火神くんがいてくれるから、いつもよりマシです」

「そうか……」

「でも、嫌いじゃないです。だって、兄ですから」

「……っ!?」





「兄だから、

嫌いになりきれなくて、
苦しくて、
怖くて、
怯えて、
逃げて、
隠れてきました。

いっそのこと、嫌いになってしまえば楽になれたのでしょうが。

でも、嫌いになっていなくてよかった。


あなたが、何を考えて冷たい態度をとられるのかがわからなかった。

それでも、あなたは正しいと信じて、その言葉を受け入れてきました。


それも、もう限界だったんです。


気が触れてしまいそうに何度もなって、

……だけど、火神くんに会って、
生きることが、
明日を迎えることが、

少しだけ楽しくなったんです」
 




暗い表情から一転して、嬉しそうなものに変わっていく名前に赤司は唇を噛みしめた。

ここまで、実妹を追い詰めたのは実兄である自分なのだ。


「守ってくれてありがとうございます、兄さん」

「……え」
 

予想だにしない、感謝の言葉に赤司は呆けたように口を開けたまま硬直した。

そんな実兄の姿に、少し、気恥ずかしげに名前は自分より大きくて愛しい手を握り締めた。


「でも、もう大丈夫です。私はもう幼児じゃないし、火神くんもいますから」

「そうだな……。火神大我、名前を悲しませたら容赦しないからな」

「こぇーな!そんなことしねーよ。笑ってる名前が、おれは好きなんだからな」

「だから、メールからでお願いします!」

「うん……?」

「What?」
 

脈絡のない言葉に、二人は同時に頭に疑問符を浮かべた。


「え、だって、……一対一じゃまだ兄さんとは話せないから、まずはメールからで、慣れようかなって」

「あぁ、そういう意味か。何のことかと思ったぜ」
 

苦笑する火神に項垂れる名前だったが、すぐに兄に向き直った。


「兄さんのことを、あなたの考えていることを聞きたいんです。お互いがお互いのことをわかっていなくて、こんな風になったと思うから。だから、お願いします」
 

平身低頭する名前に赤司はいつもの涼やかな声で、涙を拭った冷静な表情で、口を開いた。


「頭をあげてくれ。そうだな、俺たちは兄妹だ。おれもお前の話が聞きたいんだ」
 

清々しい表情で、そう自分の意思を実妹に告げた赤司に、火神はそっと息をついた。
 


これで丸く収まったのだ。



「破廉恥なのだよ!」
 


電波メガネ以外のことに関しては。



 



































数週間後。


「丸く、収まったんじゃなかったのかよ」

「……だって」
 

火神の自室で、彼の腕の中におさまる名前はあるメールの画面を見せた。


「……悪ぃ、これは嫌になるな」

「うん」
 

そこには、10分おきに送られてくるメール。

しかも、自撮りした写真つきというもの。

さらには、その写真には赤司征十郎のドアップ。

真顔のものがほとんどという事実も、名前の口から告白された。
 

メールの本文はどれだけスクロールしても、終わりに辿りつかないほど。絵文字や顔文字も使わないそれは、ギッシリと文字で埋まっていて、いかに赤司征十郎が赤司名前を溺愛しているかという、まるでラブレターのようなものだった。


「おれのほうが、名前のこと好きだからな」

「うん……」
 

もうすぐ、付き合って一月経とうというのに、まだ名前の初々しさは残っていた。

それさえも、愛しいと思えるほどに、火神もまた、己の想いを自覚したのだった。
 

触れ合うだけの口付け。

そして、幸せそうに微笑み合う二人。

現代の中学生にしては、清い交際を続けているのだ。


「名前−!火神大我、開けろ!!名前と会わせろ!!どうして、返信が5通分も来ないんだ!!おかしいだろう!」
 

10分前は確かに、帝光中学の体育館にいたはずの赤司が、なぜか何駅も乗り継がなければならないこのマンションにいるのか。



二人の背筋が同時に凍った。



そして、ドアを叩く音も、インターフォンの音も止む。

言葉にならない沈黙が名前と火神を襲う。

視線を感じ、恐る恐るその方を見た。
 


リビングの窓には眼を見開き二人を羨ましそうに睨みつける赤司征十郎の姿があり、火神は無言でカーテンを閉めたのだった。

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