短編集
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「お、おい……!こいつどうすりゃいいんだ!?」
突然、火神の襟元から手を離し、床に内股座りで無言で涙を流す赤司に対し、火神は動揺を隠せなかいようだった。
俺も同様ではあったが、元々シスコンな赤司を知っていたためか多少の耐性ができていたようだ。
非常に不快ではあるが、そのおかげでいち早く立ち直ることができた。
「放っておくのだよ。……それにしても、初対面の相手によくあそこまでずけずけ言えたな」
日頃の赤司のシスコンっぷりを知っているせいか、キセキの世代も、チームメイトも赤司に強く訴えることはなかった。
元々、赤司名前との親交もほとんどなかったためだったこともあるが。
面倒ごと。
不変の事実。
ただ、赤司征十郎が知らないだけの、周知の事実として、赤司兄妹のことを扱っていた。
それが、平常なのだと信じて疑わずに。
それが、二人の選んだ道だと他人事として観ていた。
しかし、違ったようだ。
少なくとも、赤司名前という女は。
やはり苦痛だったようだ。
それもそうだ。唯一無二の実兄からの冷遇。
それに女子中学生が一人で抱え込めるのか。
今更だが、色目もなく考えればしそれが妥当。
大変だとは思っていたが、あくまで彼女も赤司の人間だと思っていたからだ。
しかし、それは酷い思い違いだった。
苦しんでいたのだ。
赤司という、家の格の高さに。
赤司征十郎という出来のいい兄の存在に。
少なくとも赤司名前は落ちこぼれではない。
運動は秀逸であるとは言い難いが、勉学については文学面において特に秀でていて、この前の作文も中々にいい賞をとっており、その内容も興味を惹かれるものだったため、俺も尊敬している節もある。
ただ赤司征十郎には敵わないというだけ。
いや、感情を押し殺すという面では、兄よりも優れていたと言っていい。
苦しんでいるということを誰にも悟らせずに、今まで生きてきたのだから。
それはどれほどの孤独だったのだろうか。
彼女を孤独にしてきた、兄側の人間として罪悪感を禁じえない。
それにしても、初対面のこの悪人面の男に対して、涙を見せたというのが納得いかない。
俺はあまり好かんが、女なら赤司名前とクラスメイトである黄瀬あたりの胸を借りて泣くとかそういうものに憧れると聞くが……。
まぁ、その時は黄瀬の代わりに新たなスタメンを考えるという仕事が増えるな。
「…………名前の泣き顔は見たくねぇんだよ」
困ったように後頭部を掻く火神に、俺は何も言えなかった。
実兄以上に、彼女の存在を知る人物か……。
俺の妹もそんな存在がいるのだろうか。
あらぬ嫌疑をかけずにすむようにできれば、女子であってほしいが。
「……そうか。俺は無表情しか見たことがないがな」
記憶にあるのは、渦巻くさまざまな感情を胸のうちに押し込め、殺していた無表情のポーカーフェースが基本であった、赤司名前。
本日初めて、人間らしいというのは語弊があるが、誰が見ても楽しそうな表情を見せていた。
「そっか……。片すぞ」
「あぁ。赤司は任せろ」
空になった皿は家主である火神に任せ、俺は赤司の頭にせめてものという意味で、タオルをかけてやった。
後は、兄妹間の問題か。
それにしても、このままでは一泊することになるな。
赤司名前は火神のベッドで寝るとして、俺たちはリビングで雑魚寝か。
トイレと間違えないように、火神の部屋のドアは鍵をかけておいてもらって……。
それから、明日になって、目を覚ましたら、謝罪をしよう。
苦しんでいたのに、気づかなくて、すまなかったと。
お前の兄のチームメイトとして。
そう考えながら、数十分前、火神と共に見た、ぐっすりと安心したように眠る赤司名前の姿を思い出し、自然と頬が緩んだ。
俺の妹も、今日も熟眠しているといいが。