短編集
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部活帰り。
苛立ちを隠せないといった緑間に、俺は苦笑する。
「青峰のやつ……」
本来なら、この道は青峰が通るべき場所。
だが、本来一昨日までの宿題を提出していなかった青峰は偶然テニス部の顧問である数学の教師に遭遇し、現在説教中だ。
この後、桃井の家族を含め外食に行く予定であったため、オフの時にストバスのコートに忘れてしまったバスケットボールを取りに行ってほしいと頼まれたのだった。
本来の帰り道から少し外れたこの道はあまり通ったことはないが、黒子たちは逆方向だったため消去法でいくと俺たちしかいない。
「また、灸を据えておくよ。それより、こっちであってるかな?」
どんなものが一番、青峰に効くかを考えながら、慣れない道を進んでいく。
「あぁ、確か、この角を曲が…………」
「緑間?」
そこまで複雑な道ではなかったはず。
さらには、金網やテニスコートも先程から見えていた。
青峰が言っていたような特徴ある場所であるなら、迷うことなどない。
そう思いながら、チームメイトの視線を追えば、見慣れた姿があった。
「名前……、と誰だ」
バスケットボールを地面につく音に紛れて、随分遠い昔に聞いたような笑い声が届く。
鈴のような、小鳥の囀りのような心地よい声。
拙いドリブルやシュートフォーム。
点は刻まれずとも、楽しそうな笑顔を見せる少女は確かに俺の最愛の実の妹だった。
久しぶりに見る彼女の笑顔はあいも変わらず可憐で、天使のようで、しかし、以前よりも少しだけ大人びていた。
ただでさえ可愛い名前の魅力がさらに洗練されている事実に俺は夢を見ているような感覚に陥る。
だが、すぐに名前と共にバスケをしている男に目を向けた。
青峰と同じくらいの体格。
技術は明らかに名前よりその男のほうが上だった。
地面に書かれた点数からもその差は歴然だ。
どうして、お前は楽しそうに笑う。
俺には見せないような笑顔で。
うちの学校ではない、そんな男に。
まず、どうしてそんな男と交流があるんだ。今日は図書館に行っているんじゃなかったのか。
俺を謀ったのか…………?
「あ、赤司……」
緑間が俺を呼び止めた。
が、構ってられない。
「名前!」
ボールが俺の足音まで転がってきた。
「誰だ、お前」
目つきの悪い男が俺を睨みつける。
その後ろに隠れるように名前は男に近づいた。
俺なんて、ここ最近そんなに近づいたことなんて無いというのに。
一体、何者なんだ。
最悪の予想が頭をよぎる。
だが、もしそうだとしても名前のことだ。
俺に一報入れるだろう。
いや、万が一にも有り得ない。
見た目からして野蛮そうな男と俺の可愛い可愛い名前が釣り合うはずがない。
脅されているか何かなんだろう。
「お前こそ、誰だ。名前、こっちに来い」
「…………」
俺が呼んでいるというのに、名前は微動だにせず男の後ろにいる。
その行動が腹ただしい。
まるで、俺よりもその男を選んでいるような……。
いや、ありえない。
俺は名前のお兄ちゃんだぞ。
「ふざけんな。女を怯えさせてんじゃねぇよ!」
馬鹿を言うな。
俺の方が名前を理解している。
知ったような口を聞くな。
「怯える?俺は名前の兄だ。こんな時間まで男と遊んでいる妹に注意しているだけだろう。むしろ、お前の存在が名前を怯えさせているんじゃないのか?失せろ」
「は?お前が名前の兄貴……?」
予想通り、名前について何も知らない。
それだけの関係だったということだろう。
名前も友人を選ぶ才に長けていないのか。
やはり、俺がついていなければ。
兄妹は支えあっていかなければならない。
俺が、名前を……。
「……ぃ…………」
かすかな音がした。
それは、俺の愛しい妹の声だったが、あまりにも小さくてその内容は聞き取れなかった。
俺としたことが、名前の言葉を聞き逃してしまうなんて。
「違います……。私はあなたが恐いんです。あなたに怯えているんです。火神君のせいにしないでください、赤司様」
…………気のせいだ。聞き間違いだ。
「…………火神というのか。さっさと失せろ」
この男が名前の声真似をしているのか?
俺を嵌めるなんて小賢しい。
「なぁ、名前。あいつ本当にお前の兄貴なのか。何かの間違いじゃないのか?」
「…………名前は俺の実妹だ」
黙れ、火神とか言う男。
そんな哀れみの目で見るな。
お前の腹話術か何かなんだろう。
そうに決まってる。
俺の可愛い可愛い名前があんなこと言うなんて、天地がひっくり返ってもありえない。
「血が繋がっているというのは非常に、とてつもなく嫌ですけど、事実です」
「………………く、くだらないことを言っていないで、帰るぞ」
なんというチームワークなんだ。
認めないぞ。
お前たちの仲も、チームワークも。
今日はエイプリルフールじゃないぞ。
だから、名前、男の腕に掴まって、男の影から愛くるしく顔を出しながら、口パクをするな。
表彰ものだぞ。
火神とやら。
この俺を騙そうとするなんて。
「帰りたくないです。火神君の家に、今日泊まるので」
「……晩飯、何がいい?」
「火神君の得意料理でお願いします」
「……………………緑間。これは夢か。夢だな。なんて、悪夢なんだ」
「赤司……」
俺の名前があんな可愛らしい笑顔を、あんな男なんかに向けるはずがない。
あぁ、疲れが溜まっていたのか。
焦ったような緑間の声を最後に、俺は意識を手放した。